目次
第1章 深夜23時30分の謝罪
2018年1月26日、金曜日の午前0時2分。コインチェックが管理する暗号資産NEM(ネム)のアドレスから、コインが外へ流れ出しはじめた。盗んでいる人間は画面の向こうにいる。見ている人間は、社内に一人もいない。
送金は午前8時26分まで、8時間以上つづいた。消えたのは、当時のレートで約580億円相当のNEMである。会社が異変に気づいたのは、午前11時25分だった。
NEMの残高が、あるはずの数字から大きく欠けている。
そこからNEMの入金や売買を順に止め、午後4時すぎには日本円を含む全通貨の出金を止めた。利用者から見れば、預けた金を一円も引き出せなくなったということだ。金曜の午後、スマホの画面の中で、自分の資産が凍った。
そして同じ日の深夜23時30分。東京・日本橋兜町の東京証券取引所の中にある会見場に、コインチェックの創業社長・和田晃一良(わだ・こういちろう)と、共同創業者で取締役COOの大塚雄介(おおつか・ゆうすけ)が並んで立った。
和田は27歳。集まった報道陣は100人を超えた。上場もしていない会社の謝罪会見が、東証の中で開かれる。それほどの事件だった。
和田が頭を下げた。
「本日弊社サービス・コインチェックにおいて、機能が停止する事態が発生しました。本件に関しまして、みなさまをお騒がせしておりますことを、深くお詫び申し上げます。たいへん申し訳ございませんでした。」
被害の説明は、大塚が引き取った。
「本日1月26日午前3時ごろ、コインチェックのNEMのアドレスから、5億2,300万のNEMが送信されました。検知した時点でのレートで換算しますと、約580億円に相当いたします。」
会見の時点では「午前3時ごろ」と説明された。送金が実際には午前0時2分に始まっていたことは、のちの公式発表で確定する。この夜は、被害の全体像すらまだ固まっていなかったのだ。
質疑に入ると、この会社の内側が透けて見えてきた。
NEMは「ホットウォレット」——インターネットにつながったままの財布——で保管されていた。
ネットから切り離して保管するコールドウォレットであれば、外から鍵を盗む手立てはほぼない。さらに、送金に複数の鍵を必要とするマルチシグという仕組みも入っていなかった。記者とのやり取りが残っている。
「NEMの保管でウォレットなんかマルチシグ(マルチシグニチャ)でちゃんと鍵をかけて保管していたんでしょうか。」
「この部分に関しては、マルチシグを行なっておりませんでした。」
「けどマルチシグを行なっていないということは、セキュリティが甘いということじゃないですか。」
「そこの準備に至れてなかったというかたちです。」
なぜ備えていなかったのか。和田の答えは短い。
「基本的には技術的な難しさと、それを行うことのできる人材が不足していることが原因となります。」
「暗号鍵を盗まれてしまったら、技術的なことはわからないんですが、取り戻せるんですか」という問いに、大塚は「いえ、取り戻せないです。」と答えた。580億円を仮に日本円で返すとして手元にその分はあるのか、という質問への答えは「その方法も含めて、今検討しております。」——返せるかどうか、この夜の時点では誰にも分からなかった。
会見が終わったのは、日付が変わった午前1時ごろ。数時間後には「580億円流出」の見出しが新聞とテレビとネットを埋めた。4年前に破綻した東京の取引所Mt.Gox(マウントゴックス)を上回る、史上最大級の暗号資産流出だと報じられた。
だが、この深夜の会見は、この会社の終わりにはならなかった。ここから話は、7年後のニューヨークまでつながっていく。その前に、時計を5年半ほど戻したい。そもそもコインチェックは、ビットコインの会社ですらなかったのだ。
第2章 ビリギャルを生んだ会社
2012年8月28日、東京。東京工業大学の学生だった和田晃一良が、21歳でレジュプレス株式会社を設立した。そこに共同創業者として加わったのが大塚雄介である。
早稲田大学の大学院で物理学の修士号を取り、リクルート系の会社で法人向けの営業と事業戦略をやっていた。エンジニアの学生と、物理学出身の会社員の会社だ。
最初の事業は、お金とも金融とも関係がなかった。2013年2月27日に公開した「STORYS.JP」——自分の人生の物語を投稿して共有するサイトである。
このサイトが、思いがけないヒットを生む。塾講師の坪田信貴(つぼた・のぶたか)が投稿した、学年ビリだったギャルを1年で慶應大学に現役合格させた体験談が読まれに読まれ、2013年12月27日に書籍になった。『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』——世に言う「ビリギャル」である。
本は100万部を超えるベストセラーになり、映画にもなった。ただし、ここに落とし穴があった。どれだけ話題作を生んでも、投稿サイトの運営会社にはほとんど金が入らない。STORYS.JP自体の収益化は難しく、レジュプレスは次の事業を探す必要があった。ビリギャルを生んだ若い会社の机の上に、やがて「ビットコイン」という単語が載る。
持ち込んだのは、和田だった。
第3章 みんなが逃げた市場へ
その単語をめぐる世間の空気は、最悪だった。
2014年2月、東京にあった世界最大級のビットコイン取引所Mt.Goxが取引を止め、月末には東京地方裁判所へ民事再生法の適用を申請した。消えたビットコインは約85万枚——当時のレートで約480億円相当とされた。テレビは連日この破綻を報じ、「ビットコイン=怪しいもの」が日本の常識になった。
レジュプレスの2人は、その空気の中で逆のことを考えた。のちに大塚自身が親会社のメディアに書いた連載の回想によれば、当時の大塚はまだ平日9時から20時まで別の会社に勤めていて、朝6時から8時半まで、毎日和田と顔を合わせて新しい事業のアイデアを練っていた。ビットコインを持ち出したのは和田で、大塚はこのとき初めてその言葉を聞いたという。
Mt.Goxの直後にこの市場へ入る大企業はない。世間の目があるからだ。だが取引をしたい人は増え続けていて、受け皿が消えた——のちに大塚はインタビューでそう振り返っている。椅子は空いているのに、座りにいける者がいない。失うものの少ない小さな会社にだけ、その椅子は見えていた。
ある朝、和田が宣言する。
「僕は、これから1ヶ月間、開発に集中します」
そのまま連絡が途絶えた。3週間後、届いた連絡がこれである。
「来週リリースするので、大塚さん、プレスリリース書いてもらえませんか?」
大塚は、まだ見たことも触ったこともないサービスのプレスリリースを書いた。2014年8月、ビットコインの売買サービス「Coincheck」はこうして公開された。Mt.Goxの破綻から、およそ半年後のことだ。
もっとも、世間の空気は簡単には変わらなかった。ここからの2年ほどが、この会社のいちばん苦しい時代になる。資金を集めようと、知り合いの起業家に紹介してもらいながら、手当たり次第、50社以上に事業説明をして回ったが、返ってきた言葉を、大塚は連載にそのまま書き残している。
「ビットコイン?ああ、あの詐欺のやつね」
「マウントなんとかの社長が逮捕されたやつだろ?」
「金融の経験がない君たちには無理だよ」
和田と大塚は自分たちの給与をゼロにし、知人に頭を下げて3,000万円を借りた。のちに約463億円を即金で返すことになる会社が、この頃は3,000万円の借金で命をつないでいた。
それでも、サービスは静かに伸びていく。2016年2月の時点で社員は10名。この10人で月に31億円(2015年12月時点)の取引をさばき、会社はすでに黒字だった。同じ年の10月5日の深夜、新しい通貨の取扱開始に向けてエンジニアたちが泊まり込みで準備をしていたとき、渋谷の築30年以上の雑居ビルのオフィスで、天井から水がポタポタと落ちてきた。雨漏りである。階段には水が溜まり、小さな川のように流れた。それでも作業は止まらなかった。大塚は後年、その夜をこう書いている。
「あのとき、天井から落ちてきたのは、雨水だけではなかったのかもしれません。」
みんなが逃げた市場で、雨漏りのオフィスから、この会社は伸びていった。Mt.Goxの名前がもう一度この会社の隣に並ぶ日が来ることは、このときはまだ、誰も知らない。
第4章 出川のCMが流れた冬
2017年、会社は祖業を脱ぎ捨てて、暗号資産にすべてを張った。
まず3月10日、社名をレジュプレス株式会社からコインチェック株式会社に変えた。ビリギャルを生んだSTORYS.JPも、7月には手放した。社名も事業も、暗号資産一本である。
同じ年の4月1日には、改正資金決済法が施行されていた。仮想通貨の交換業者を登録制にする、世界でも先行した法律だ。すでに営業していた業者は、審査が終わるまで「みなし業者」——登録申請中のまま営業を認められた業者——として営業を続けられる。
コインチェックは9月13日に関東財務局へ申請を出した。ところが、通常なら2ヶ月ほどとされる審査が、年を越しても終わらない。取り扱う通貨が13種類と多く、なかでも送金の追跡が難しい匿名性の高い通貨を扱っていたことが審査の壁になった、とみられている。12月1日、会社は「審査中」であることを自ら公表した。
その足元で、市場は沸騰していた。コインチェックの月間取引高は、2017年7月の2,868億円から、12月には3兆8,537億円へ。半年で約13倍である。
12月13日からは、テレビCMが茶の間に流れはじめた。出演は出川哲朗。双子の兄弟を1人2役で演じ、弟にコインチェックの利点を聞かれた兄がうまく答えられない——「兄さん知らないんだ」篇である。画面には「ビットコイン取引アプリ利用者数No.1」の文字が出た。CMの放映と、同じ12月のビットコイン価格の急騰が重なって、口座開設が殺到した。このCMをきっかけに市場へ入った初心者たちは、のちに「出川組」と呼ばれる。
日本で一番目立つ暗号資産の会社になった。ただひとつ、正式な登録だけが、まだない。この絶頂の1ヶ月半後に、あの1月26日の夜が来る。
第5章 88.549円の即断
会見で「その方法も含めて、今検討しております。」と答えてから、2日しか経っていない。1月28日、コインチェックは補償の方針を発表した。1月26日23時59分59秒の時点でNEMを持っていた約26万人の全員に、1XEM——XEMはNEMの通貨単位——あたり88.549円を掛けた金額を、日本円で、自己資金から返す——という内容である。
88.549円という細かい数字には根拠がある。NEMの売買を止めてから方針を公表するまでのあいだの市場価格をもとに、機械的にはじいた加重平均の値だ。約束した総額は、約463億円。上場もしていない設立6年目の会社が、580億円相当の事故を起こした2日後に、463億円を現金で返すと宣言したのである。
もちろん、発表だけで信じてもらえる状況ではなかった。事件の直後、渋谷の本社ビルには利用者が押しかけている。東洋経済の取材に、30代の男性がこう語った。
「この野郎!と思って受付まで行ったら、ビルから追い出された。コインチェックに預けた資金が戻ってこなければ訴える」
行政も動いた。金融庁は1月29日に業務改善命令を出し、3月8日には2度目の命令を重ねた。出川のCMは放映中止になり、公式サイトからは画像も動画も消えた。
本当に返せるのか。その答えは、3月12日に出た。事件から45日後、コインチェックは約26万人の口座に日本円を振り込み、補償を終えた。総額約463億円、すべて自己資金である。
ここで、4年前の破綻と並べてみたい。同じ「消失」に直面して、Mt.Goxは破綻し、市場から消えた。コインチェックは、客に金を返して生き残った。同じ事故の、正反対の結末だった。結末を分けたものは、何だったのか。
第6章 36億円の身売り
2018年4月6日、マネックスグループ——松本大(まつもと・おおき)が創業したオンライン証券のグループ——が、コインチェックの完全子会社化を発表した。580億円を流出させた会社に付いた値段は、36億円。4月16日付で、全株式がマネックスに渡った。
この値段の意味は、直後に開示された決算と並べるとよく分かる。コインチェックの2018年3月期は、売上高626億円、営業利益537億円。前の期の営業利益は7億1,900万円だったから、1年で約75倍に膨らんだ計算だ。
36億円という買収額は、その営業利益のひと月分にも満たない。それでも、この値段しか付かなかった。信用は事件で失われ、登録は下りておらず、金融庁の命令が2度出ている会社である。
和田と大塚は取締役を退き、執行役員になった。新しい代表取締役には、マネックスの常務執行役だった勝屋敏彦が就いた。買収発表の会見で、松本はこう言い切っている。
「コインチェックという名前はこのままのかたちで残ります。サービスブランドもこのままのかたちで残ります。」
580億円流出の代名詞になった社名を、あえて消さない。松本はインタビューで、買収の狙いとして事業の収益性と並べて「若くて優秀な人材」を挙げている。
21歳で立ち上げた会社の全株式を、27歳で手放す。それでも和田は会社を去らなかった。最初のコードをほぼ一人で書いた男は、会社の持ち主が変わったあとも、執行役員として中に残ることを選んだ。
第7章 みなし業者からの卒業
マネックス傘下で最初にやったのは、派手さとは縁のない仕事だった。管理体制の作り直しである。マネックスや金融機関の出身者が入り、内部の管理や監査、顧客資産の管理といった、金融機関なら当たり前の仕組みをひとつずつ入れていった。
事件の夜の会見で、何人のチームなのかと問われた大塚は「全体が80」と答えていた。その80人のスタートアップが、「金融の会社」へ作り替えられていく。
事件からほぼ1年後の2019年1月11日、金融庁はコインチェックを仮想通貨交換業者として正式に登録した。関東財務局に申請を出してから、1年4ヶ月近くが経っていた。「みなし」の2文字が、ようやく取れた。
経営も立ち直っていく。2020年3月期には黒字に転じ、暗号資産の相場がふたたび燃え上がった2021年には、守りから攻めに戻った。1月、事件以来3年ぶりにテレビCMが復活。3月24日には、暗号資産の取引サービスと一体になったNFT——ブロックチェーン上で一点ものとして発行・売買できるデジタル資産——のマーケットプレイスを国内で初めて開き、7月1日には、取引所が主体となって新しいトークンを販売するIEOという資金調達の仕組みを、これも国内で初めて実施した。
2018年、「コインチェック」は流出事件の代名詞だった。2021年、同じ社名は「国内初」のニュースの主語に戻っていた。
第8章 ウォール街の鐘
2024年12月11日の朝、ニューヨーク。ナスダック——米国の新興企業向け株式市場——の看板に、新しいティッカーシンボル「CNCK」が灯った。コインチェックの持株会社Coincheck Group N.V.(オランダ法人)の上場である。日本の暗号資産交換業者が米国市場に上場したのは、これが初めてだった。
ここまでの道のりも、平坦ではなかった。コインチェックは2022年3月、特別買収目的会社(SPAC)——未公開会社と合併することで、その会社を上場に導く箱の会社——である米国のThunder Bridge Capital Partners IVと合併契約を結んだ。当初は2022年後半の統合完了を見込んでいた。
だが暗号資産の相場はふたたび冬の時代に入り、統合の完了は延期を重ねた。契約から上場まで、結局およそ2年9ヶ月かかっている。
その朝、鐘を鳴らしたのは、2018年の春にこの会社を36億円で買った男だった。松本大は翌日、自身のコラムに書いている。
「コインチェックグループが、米ナスダック市場に上場しました。現地時間12月11日(水)の朝、私がスピーチをして、コインチェックとマネックスの仲間と一緒に、オープニングベルを押しました。」同じコラムの中に、こんな一行がある。
「思えば遠くへ来たもんだ。」
上場時の時価総額は約2,700億円。36億円で買った会社に、およそ75倍の値が付いたことになる。ただし、光だけの話ではない。
上場に伴う一時費用は約137億円にのぼり、この四半期の暗号資産事業は約143億円の赤字になった。収益がいまも暗号資産の相場に左右されやすいことも変わっていない。ナスダックに立ったことと、商売が盤石になったことは、別の話である。
足元の数字も見ておきたい。2024年12月末の時点で、コインチェックの口座数は約220万。預かり資産は約1兆957億円——あの夜に流出した580億円の、およそ19倍にあたる資産を、この会社はいま利用者から預かっている。
深夜の会見で「いえ、取り戻せないです。」と答えた会社は、あの夜から7年目の冬に、ナスダックの鐘を聞いた。
第9章 焼け跡から来た会社
コインチェックの13年余りは、日本の暗号資産の歴史とほとんど重なっている。Mt.Goxの破綻が生んだ空白で生まれ、自らも史上最大級の流出事故を起こし、その事故への対応で「事故を起こした会社はどう振る舞うか」というひとつの先例を残した。
580億円の流出は、日本の暗号資産業界全体で顧客資産の管理体制が見直される契機になった。そして26万人への総額約463億円の返金は、破綻して客を待たせるのではなく、自分の金で、45日で、全員に返すという答えを示した。
この返金がなければ、その後の買収も、再登録も、ナスダックもなかった——と断定することはできない。ただ、返金をやり切った会社だけが、その全部を手にしたのは事実である。
人はどうなったか。和田晃一良は2022年6月16日付でファウンダー&アドバイザーとなり、経営の一線から退いた。大塚雄介はいまも執行役員として会社に残っている。会社そのものは2026年5月、通信大手KDDIとの資本業務提携を発表した。
KDDIが14.9%を出資し、共同出資の会社を通じて、暗号資産の入り口をさらに広げようとしている。
暗号資産の相場には、これからも冬が来て、春が来る。Mt.Goxの冬に生まれ、自分で招いた冬を返金で越え、市況の冬の中でナスダックまでたどり着いた会社は、その繰り返しの中をまだ歩いている。
筆者あとがき
この記事を書いていていちばん印象に残ったのは、580億円という派手な数字よりも、88.549円という補償単価だった。暗号資産の世界では、値上がりや上場の話ばかりが目立つ。けれど本当に会社の信用を決めるのは、相場が壊れたあと、利用者に対してどう振る舞うかだと思う。当時の出川CMや「出川組」という言葉を覚えている人ほど、コインチェックという名前には明るさと怖さが同時に残っているはずだ。だからこそ、事故から45日で約26万人に返し切り、36億円で身売りし、7年後にナスダックまでたどり着いた流れは、単なる復活劇ではなく、暗号資産業界が大人の金融へ変わっていく過程そのものに見えた。この市場には、これからも熱狂と冬が来る。それでも、あの夜を越えた会社がいまも利用者の資産を預かっているという事実は、信用は失った瞬間ではなく、その後の行動で少しずつ積み直すものだと教えてくれる。
《参考資料》
コインチェック株式会社(公式サイト・NEM流出に関するFAQ・プレスリリース・登録状況の報告/金融庁 公式発表(2018年1月29日・3月8日 業務改善命令)/ログミーBiz(2018年1月26日 記者会見全文書き起こし、2018年4月6日 マネックス買収会見全文書き起こし)/マネックス証券オウンドメディア「マネクリ」(大塚雄介「日本の暗号資産市場10年の軌跡」、松本大「ナスダック上場!」)/マネックスグループIR資料・決算資料/Business Wire(Coincheck Group N.V. 合併完了・NASDAQ上場発表)/CoinDesk JAPAN/日本経済新聞/Bloomberg/東洋経済オンライン/Business Insider Japan/ITmedia/東京商工リサーチ/お笑いナタリー/ザイFX!/時事通信/テレ東BIZ/TechCrunch Japan/FastGrow/仮想通貨Watch(Impress)/KDDIニュースルーム/Wikipedia(コインチェック、和田晃一良、Coincheck)
この記事を書いた人
wata9488
フリーライターとして活動しています。 東京在中AI中毒末期。Claude CodeとCodexに人生をささげてます。
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