インターン生に「好きなの食え」と言ったら39万円の会計に…Xで割れた「どちらが非常識か」論争

九条辰季

「これは終わってるwww」

Xに投稿されたのは、ある経営者による「インターン生3人に『好きなの食え』と伝えて行きつけの店を教えたら、39万円分の豪遊をしていた」という体験談です。

投稿主は当日、別の会食が入っていたため、3人のインターン生に自身の行きつけの店を紹介し、「贅沢しておいで」と伝えたといいます。ところが、後で届いた伝票には約39万円との記載が。

酒や高級ワインが無断で注文され、食べきれない量の料理が並び、途中で一切の報告や確認もなかったことに、投稿主は「ちょっと社会舐めてるなぁ」と率直な感想を綴りました。

この投稿は瞬く間に拡散し、リプライ欄では「単価5万円の店で、いつもの常識は通用しない」「そもそも学生を行かせる店を間違えている」という擁護の声と、「さすがに常識の範囲を超えている」「奢られる側にも最低限の配慮が必要」という批判の声の両方が寄せられ、賛否が分かれる形でコメントが伸びていきました。

投稿から1週間ほどでインプレッションは2000万件、リプライは1000件以上と、単なる一過性のネタでは終わらない反響ぶりでした。

なぜ「好きなの食え」が39万円になったのか

この一連の流れには、単なる「今どきの若者は非常識」という話で片づけるには、いくつか見落としてはいけない構造があります。

①「本音と建前」を読み解く力の差

投稿主自身が補足で説明している通り、本当に伝えたかったのは「相手はどういう意図で言ってくれているのか」という、本音と建前を読み取る力だったといいます。

「好きなだけ食っていい」という言葉を額面通りに受け取るか、社交辞令として一定の節度を働かせるかは、社会経験の有無によって大きく分かれる部分です。

学生にとっては、言われた通りにすることが正解に見えても、ビジネスの現場では言葉の裏にある期待値を読む力が同時に問われます。この「言葉の裏を読む」感覚は、マニュアル化しにくいからこそ、多くの新人が最初につまずくポイントでもあります。

②単価が高い店では「常識」の基準がそもそも通用しない

リプライで多く指摘されていたのが、「単価5万円の店で、いつもの金銭感覚を適用すること自体が難しい」という点です。

学生は、行ったことのない高級店では、何が適正価格で何がやりすぎなのかを判断する基準そのものを持ち合わせていません。

普段使いの居酒屋であれば会計の感覚がつかめても、非日常的な価格帯の店に放り込まれた瞬間、その物差しは機能しなくなります。店選びをした側にも、この価格感覚のギャップをどこまで想定できていたかという責任は問われるでしょう。

③奢られる側にも求められる最低限の配慮

一方で、多くの反応が「それでも限度はあった」とも指摘しています。

合流の予定があったにもかかわらず無断で飲酒したこと、途中で一度も報告や確認を挟まなかったことなど、金額の大小以前に「相手への確認」という基本動作が抜けていた点は、社会人としての振る舞いの基礎に関わる問題です。

奢ってもらう立場である以上、「どこまでなら甘えていいか」を一度立ち止まって確認する姿勢は、金額の大小によらず必要とされます。

この炎上劇から見えるもの

この一件が示すのは、「どちらが100%悪い」という単純な話ではありません。

上司・先輩側の「言葉の伝え方」と、部下・後輩側の「意図を汲む力」の両方が噛み合わなかったときに、こうしたすれ違いは起きます。

投稿主自身が「賛否あるので、彼ら自身にもいろいろな意見を見てもらい、考えるきっかけになれば」と語っているのも印象的です。

批判にとどまらず、教育の機会として受け止めようとする姿勢が、この投稿を単なる炎上騒動以上のものにしているように見受けられます。

まとめ

「好きにしていい」という言葉ほど、実は伝える側の配慮と、受け取る側の想像力の両方が試される場面はないのかもしれません。

あなたが次に誰かへ「好きにしていいよ」と伝えるとき、その一言にどれだけの前提が隠れているか、少し考えてみる価値はありそうです。

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この記事を書いた人

九条辰季

「自分らしく生きる」をモットーに、Webマーケティング記事や広告・デザインまで幅広く執筆する多趣味、雑食系ライターです。 自身の経験をもとに、みなさんが彩りあるキャリアプランを描くお手伝いができればと思います!