【主な登場人物】
山内房治郎
山内積良(二代目)
山内溥(三代目)
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1883年。俺は金田積良として京都で生まれた。そして、山内房治郎という商才にあふれた人物と出会い、1907年に彼の長女である貞と結婚し、山内積良になった。今日は結婚式があり、朝からずっとバタついていたが、ようやく夫婦の部屋に戻って落ち着いたところだ。
「貞さん。これから、よろしくお願いします」
「積良さん。こちらこそよろしくお願いいたします。今日から夫婦なんですから、もう少し気を楽にしてくださいね」
「そう言われましても……」
俺は山内房治郎さんの下で働いていた。だから貞さんとは面識があったし、憧れる気持ちもあった。社長は貞さんを溺愛していたので、会社にもよく連れてきていたからだ。貞さん自身も商売に興味があったようだが、今の時代、女性というだけでこの家業を継ぐことは難しい。来客対応のお茶出しや掃除ぐらいなら問題ないが、経営に関わってくるとどうしても敷居が高いからだ。だからいつも彼女が男性だったら本当は良かったんだろうなと思って見ていた。
社長の強い勧めで、そんな貞さんと結婚をし、婿養子になり、俺はいずれこの会社を引き受ける立場になった。貞さんの夢を俺が引き継ぐ形になったというわけだ。
「積良さんは優しいから気にしてくださっているのも分かります。ですが、そんなに気ばかり使っていては辛いですよ。だから、私の前だけでも気を楽にしてください。そのための夫婦なんですからね」
「貞さん……いや、貞。ありがとう」
「いいえ、これも妻の役目ですから」
貞はそう言うと、優しい微笑みを浮かべた。その笑顔を見て、俺は明日からも頑張れると思った。
翌日から俺の人生は大きく変わった。周りからの目が完全に変わったからだ。社長は健在だが、すでに二代目として見られている。それをひしひしと感じた。
「積良君。ちょっと社長室に来てくれ」
「はい!」
社長に呼ばれ、社長室へ行く。きっとこれからの仕事の話だろうと思うと、より緊張感が走る。
社長は経営者としても尊敬する存在だが、さらに凄いところは、花札を自分で作ってしまえるところだ。幼少の頃から物作りをしていたらしいが、俺にはそういった才は一切ない。そして物を作るということは、この先も自分にはできないだろうと思っている。だからこそ、余計に社長はすごい人だと思う。
「失礼します」
社長室に入り、社長の机の前まで歩いていく。
「昨日はご苦労様。これから積良君には、私の右腕として働いてもらうことになる。ただうちには灰孝本店と山内房治郎商店の二つがある。いずれはどちらも経営者として携わってほしいと思っているが、まずは1つずつ覚えていった方がいいだろう。どちらから始めたいという希望はあるか?」
社長の言葉に俺は思案する。灰孝本店と山内房治郎商店は、全く毛色の違う業態だ。そのため経営戦略を考えるとしても、その考え方も違うだろう。社長の場合は、親から引き受けたものと、自分がしたかったことを実現させたものの二つだから同時に経営をしていても違和感がなかっただろうが、引き継ぐ側からすると違和感はどうしても出てくるに違いなかった。
それに俺も経営者としての実務があるわけではないし……。だからこそ、社長のこの申し出はありがたかった。
どちらがいいか。正直なところ、どちらからでもかまわないというのはある。でも、きっと社長の思い入れが強いのは山内房治郎商店。であれば、まずは灰孝本店から携わらせてもらおう。
「灰孝本店からでもよろしいでしょうか?」
「わかった。じゃあ、この資料に目を通しておいてくれ。その後、どうしていくのがいいのかを話し合おう」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
こうして俺は、本格的に経営に携わることになった。
灰孝本店は、とても順調に売り上げを伸ばしていた。社長がセメントに目を付けたというところが、一番のポイントだ。社長が灰孝本店を引き継いだ時には、していなかった仕事も増えている。俺も社長から引き継いだ時にもっと売り上げを伸ばせるようになりたいと思った。
「石灰を失くすわけではないけど、もう少しセメントに力を入れたほうがいいかもしれない。それをするためには……」
そう考えた俺は小野田セメントとの特約店契約が必要だと思い、それをするために奮闘した。1918年にはその契約が締結。これにより、京都における建材問屋としての地位を確立することに成功した。
「積良君! すごいじゃないか!」
「ありがとうございます。社長のように立派な経営者になりたいと思い精進いたしました」
「いやいやいや、積良君は思った以上の働きをしてくれる。嬉しい誤算だよ」
「そう言っていただけて良かったです。それで山内房治郎商店の方なのですが……」
俺が経営に携わるようになって11年が過ぎていたため、山内房治郎商店の方も少しずつ見るようになっていた。山内房治郎商店で俺が一番初めに目をつけたのは、タバコ流通網だ。社長が取り入れた村井兄弟商会との販売網だったが、契約をしてから十年以上たっているということもあり、売上にばらつきが出てきていることが気になっていた。
「一度販売している店舗を見て回って来たいのですが、よろしいでしょうか」
「あぁ、もちろんだ。ぜひ見てきてくれ」
こうして私は全国のタバコ屋を巡った。そこで、売り方や花札の置き方などの良し悪しを見極め、物流管理の経験を積むことができた。
何もかもが順調に進んでいると思っていたが、世界では第一次世界大戦がはじまり、戦後には大不況がやってきた。
「積良君。この不況が続くと、娯楽商品である山内房治郎商店の花札やトランプが売れずに、経営破綻を起こしてしまうかもしれないな」
「いえ、まだ大丈夫です。幸い、今の日本は復興のため建設業は忙しい時期のため、灰孝本店の方は非常に潤っています。小野田セメントとの特約店契約が、有効に働いているというのもありますが」
「だが灰孝本店の売り上げが良くても……」
「私たちは、山内房治郎商店だけを経営しているわけではありません。灰孝本店と山内房治郎商店の2社を経営しているんです。片方が苦しい時は、潤っている方の会社から赤字を補填することだってできます」
「確かにそれはそうだが、永遠に赤字を補填するわけにもいかないぞ?」
「改めて花札やトランプの品質管理を徹底させませんか? こんな時代だからこそ、他の会社ではできないような品質の徹底をすることで、必ず勝機が来ると思います。あとは、流通の数を増やせるように効率的な製造プロセスの導入をしましょう」
「……わかった。積良君に任せるよ」
「ありがとうございます!」
こうして俺は、不況の時の立ち回り方と、2社経営のバランス感覚を養うことができた。そして日本が徐々に安定してくると、人々は再び娯楽商品を買うようになり、赤字も少しずつ回復してきたのだった。
「それにしてもうちの花札やトランプは、改めて見ても他社とは比べ物にならない高品質なものに見える。こんなにいい商品であれば、国内だけではなく、もしかしたら海外でも売れるんじゃないだろうか……」
俺はそんなことを考えるようになった。
「今すぐというわけではないが、輸出の可能性も考えて動いておこう」
そして、1929年。数か月前から社長には言われていたが、社内外には秘密にしていたことを公表した。それは俺が二代目店主に就任したということだ。初代は隠居し、ここから本格的に俺が先頭に立つことになった。そして1933年には、山内房治郎商店を「合名会社山内任天堂」に改組し、京都の正面通に鉄筋コンクリートで作ったモダンな本店社屋も作った。
「これからは、もっと近代化を目指していこうと思う」
私は社員たちの前でそう宣言し、商店だった会社を組織化させて俺は今まで準備をしてきていた海外進出をし始めた。まずはアジア圏でトランプ、花札、カルタなどのカードを販売。商店を合名会社にしたのも、海外に向けての販売を視野に入れての行動だった。
だがここで、プライベートな問題が勃発した。俺の娘婿である鹿之丞が、他の女性と駆け落ちをしたのだ。俺は初代と同じく、息子がおらず娘しかいなかったので、後継者になる人材を長女の婿として迎えた。つまり彼は俺と同じような立場にあった。なのに、だ。
「サト! サト! どういうことだ説明しろ!!」
なんと鹿之丞が他の女とかけおちしたのだ。まさかこんなことが起こるとは思っていなかったため怒りが溢れかえり、自分でも自分を制御することが難しかった。だが妻に、もっと悲しんでいるのは娘と2人の間に生まれた息子の溥だと言われ、2人の前では冷静な自分を見せるようにした。だが、2人がいないところでは、はらわたが煮えかえったままだったので、今後一切「鹿之丞」の名前を口にするなと、かん口令をしいた。
だが、この先のことを考えると俺にとっても非常にまずい状態だった。後継者がいないからだ。後継者を作るために、長女に再び結婚をさせるというのはむちゃくちゃな話だ。となると、まだ小学校にも行っていない孫を後継者として育てる方がいいのかもしれない。孫が成人するまで、まだ十何年もあるが……。
そうしているうちに太平洋戦争が勃発した。戦時中は娯楽品の製造が制限されてしまい出荷ができない。そこで考えたのは、軍隊用のカルタの製造。なにも販売するものがなくなるよりはいいだろうということで販売をしていたが、赤字すれすれの経営となってしまった。
「このままではまずい。そもそも戦争なんてものが、こんなに何度も起こるとは……。先代から受け継いだこの会社を潰さないためにも、何かできることはないんだろうか……」
そう考え悩んだ結果、俺が導き出した答えは、合名会社山内任天堂の販売部門を切り離して別の会社にすることだった。
「俺は婿養子だが、長女のあの男のような最低な人間にだけは成り下がりたくない。先代が託してくれた合名会社山内任天堂を潰すわけにはいかないんだ!」
そうして1947年に俺は株式会社丸福を設立させた。終戦後、日本の経済は非常に不安定だったが、これでリスクの分散をすることができると考えた。
そしてもう一つ、したことがある。それは流通の方法を変えるということだ。花札やトランプは当初、タバコ販売網によって売っていた。実際、俺自身も経営を学んでいる頃に、この目で見てきている。あの時は、とても素晴らしいものだと思っていたが、時代が変わった今では、それでは不十分だと思うようになった。タバコ販売網に頼っているということは、相手がいきなりNOと言ってきたら、流通ルートが何もないということになり、倒産は免れない。そうならないためにも、今必要なのは……。
「直販体制の強化……ですか?」
「あぁそうだ。今の私たちには販売の実績もあるし、認知度もあるし、品質に対しても世間は認めている。直販に変えたからといって、売り上げが落ちることはない。丸福は販売特化型の会社にしたんだ。売り込みをしていくぞ!」
また、合名会社ではなく株式会社にしたのも、将来を見据えてのことだ。時代とともに変えていくことが、生き残っていくために大事な方法だというのが、俺の持論でもある。こうして丸福は営業特化型の組織として変貌を遂げていくことになった。
だがいつまでも会社の代表として経営をしていこうと思っていたのだが、1948年に俺は倒れてしまう。
「あなた! あなた!!」
妻に寄り添われ、俺は救急車に乗せられていた。仕事中に立ち眩みがしたと思ったら、次の瞬間には意識が消えていたからだ。俺が目を覚ました時には、病室にいた。周りには心配そうに俺を覗き込んでいる妻と娘がいる。家族の顔を見た時、俺はもうあとわずかしか生きられないことを悟った。
家族は何も言わないが、自分の身体のことは自分がよく知っている。まだ60代。もう少し長生きできると思っていたが、人生の終わりというのはあっけなく来るものだ……と浸っている場合ではない。後継者問題が何も解決していないのだから。
俺はまだ東京の大学に通っている孫の溥に後を継いでもらうため呼び戻してくれと伝えた。
「は? 爺ちゃん、俺まだ学生なんだけど」
「分かっている。だが、三代目社長としてやっていけるのはお前しかいないんだ!」
「いや、無理だって。俺、経営の勉強を大学でしている最中なんだから」
「それでも、お前しかいないんだ……会社を存続させるには!」
俺は病室のベットで、必死に孫に頼み込んだ。
「会社を存続させるためねぇ……。だったらさ、一つ条件があるんだけど」
「なんだ?」
「血縁関係のやつらは全部クビにしたいんだけど、それでもいいなら社長になるよ。どうする?」
「それは……少し時間をくれ」
溥がなぜそんなことを言ったのか、心当たりはあった。そして、そんなことを言えてしまう溥はきっと冷静な判断ができる経営者になるだろうという確信を持つことができた。役員を呼び、事のてんまつを話すと猛反発を受けたが、時間のない俺は強行突破をした。その結果、溥は21歳の若さで三代目社長に就任したのだった。
《参考資料》
会社の沿革-任天堂(公式)
会社の沿革-灰孝本店(公式)
丸福樓(旧任天堂本社社屋ホテル)公式サイトおよび関連紹介記事
Nintendo DREAM WEB(ニンテンドードリーム)「任天堂の歴史」関連記事
渋沢社史データベース(株式会社丸福・任天堂骨牌の記録)
\任天堂創業物語の一覧はこちら!/
▶任天堂創業物語【第1話・房治郎編】花札から始まった任天堂創業者・山内房治郎
▶任天堂創業物語【第2話・積良編】婿養子・山内積良が背負った任天堂の使命
この記事を書いた人
岩本和代
2016年よりフリーのライターとして活動中。 インタビュー取材、シナリオ執筆を得意としており、幅広く執筆をしている。



























