【米国スタートアップ列伝 Vol.10】ライドシェアリングの市場リーダー「Uber」

前田健二

「タクシーに乗りたいのだけどつかまらない。どんな車でもいいから目的地まで連れて行ってくれないだろうか」パリを訪れていた二人のITエンジニアの頭に浮かんだアイデアは、やがて現実となって世界中の交通システムに影響を与えるゲームチェンジャーとなってゆきます。ライドシェアリング大手Uberはどのように生まれ、どのように成長してきたのでしょうか。Uberの歴史を、その成長の理由とともにわかりやすく解説します。

パリを訪れた二人のITエンジニア

2008年冬、テクノロジーカンファレンスに参加するため、二人のITエンジニアがパリを訪れていました。カナダ人のギャレット・キャンプとアメリカ人のトラヴィス・カラニックはカンファレンス会場へ向かうためタクシーを探していたのですがつかまらず、途方に暮れていました。そんな二人の脳裏に「どんな車でもいいから目的地まで連れて行ってくれないだろうか」という考えが浮かんだのは至極当然のことで、そのアイデアがやがて後のライドシェアリング(ライドヘイリングとも言います)ビジネスへと繋がってゆくことになります。

アメリカへ帰国後、居住地のサンフランシスコでパリと同程度かさらにひどいタクシー事情に閉口させられていた二人はいよいよライドシェアリングビジネスのアイデアを具体的にし始めます。キャンプが当初描いたアイデアは、一般の車をシェアするのではなく、高級リムジンをタイムシェアでユーザーに提供すると言うものでした。利用者が専用のアプリをスマートフォンにインストールして、リムジンが空いている時間を予約してタイムシェアで利用するといったイメージです。そしてキャンプは早速アプリの開発に取りかかります。2009年3月のことです。

アプリの完成、ライドシェアのビジネスモデル確立

当初はリムジンを対象に開発が進められていたアプリですが、レベニューシェアのビジネスモデルはこの時にすでに確立しています。アプリは車の提供者兼ドライバーとライドシェア利用者のいずれも無料でダウンロードでき、ライドシェア利用者がクレジットカードで運賃を支払い、車の提供者兼ドライバーにはアプリの使用料が控除された金額が支払われる。そして控除された金額がアプリ開発者の収入となる。今でこそ一般的になったライドシェアのビジネスモデルが、アプリの完成とともに現実のものとなった瞬間です。

キャンプとカラニック、そして新たに合流したライアン・グレイブスの三人はニューヨークで三台の車を使ってテストを行い、アプリとビジネスモデルのブラッシュアップを行いました。そして、ある程度のバグ出しが終わった2010年3月31日、サンフランシスコでUber Cabのサービスが正式にスタートしました。なお、Uber Cabという社名はキャンプが付けたもので、Uberはドイツ語。英語にするとBeyondつまり「超越した」という意味で、Uber Cabは「タクシーを超越した存在」という意味です。

Uberへ社名変更、普通の車の所有者も対象に

サンフランシスコでサービスを開始したUber Cabは、リムジンだけを対象にしていたことにより運賃が割高で、普通のタクシーの1.5倍となっていました。経営者の三人は、当初は一般の車の所有者の多くはタクシーライセンスを有しておらず、商業的に人員輸送を行わせるのは難しいと考えていました。

しかし、Uberアプリの利用者数低迷を背景に2012年4月にシカゴで一般の車の所有者のテスト参加がスタートします。続く7月には一般の車の所有者でタクシーライセンス所有者によるUberXがスタート、翌年2013年4月にUberは正式に商業ライドシェア事業者のライセンスを取得、タクシーライセンスを持たない一般のドライバーにUberXのプラットフォームを開放し、現在のライドシェアリングのビジネスをスタートさせます。それにより、Uberに登録する一般のドライバーが急増し同時に利用者も増加、2013年末までにUberの稼働都市が全米65都市にまで拡大します。

なお、この頃までにUber Cabは社名をUber Technologies(略称Uber)に変更しています。

Uber Eatsのスタート

2014年8月、Uberはカリフォルニア州サンタモニカで料理宅配サービスUber Eatsをスタートさせます。Uber Eatsは、飲食店の料理をデリバリースタッフが注文者の家へ配達するサービスで、現在のフードデリバリーサービスの先駆けとなったサービスです。Uber本体と同様に専用のアプリが提供され、サービス利用者とデリバリースタッフがそれぞれ登録して利用し、販売価格から一定のフィーをUber Eatsが徴収する仕組みです。

Uber Eatsへは副業希望者などのギグワーカーによる参加が広がり、またデリバリーによる売上増を図る飲食店の意向と相まって、利用が爆発的に拡がっていきました。Uber Eatsは早くから海外での事業展開も開始し、2015年にカナダ・トロントでオペレーションを開始したのを皮切りに、翌年2016年にはロンドン、パリ、その後メキシコ、中国、ニュージーランド、日本などを含む世界40カ国超で事業を展開しています。

海外展開

Uber本体も比較的早くから海外での事業展開を開始しています。創業翌年の2011年12月にはパリで初の海外事業をスタートさせています。Uber創業のアイデアを生み出すきっかけとなったパリは、Uberのビジネスモデルが海外でも同様に通用するかテストする最初の地に選ばれたとされています。その後、2012年にトロントとロンドン、2013年にメキシコシティ、シンガポール、ソウル、台北と続いて海外事業網を拡げてゆきます。

創業四年後の2014年には中国でもライドシェアリング事業を開始、同時に現地のモバイルテクノロジー企業DiDiとの業務提携を開始しています。

Uberのスピーディーな海外展開の背後には、当時CEOを務めていたトラヴィス・カラニックの「ブリッツスケーリング戦略」(Blizscaling strategy)があったと言われています。「ブリッツスケーリング戦略」とは、未開拓の市場に最高スピードで参入し、競合が参入する前にすべての市場シェアを獲得するという戦略です。Uberが開拓しつつあったライドシェアリング市場は、ほとんどの国において未開拓市場であり、カラニックは「ブリッツスケーリング戦略」が有効に機能することを見抜いていたのです。

「ブリッツスケーリング戦略」が功を奏したのか、Uberの海外事業は2024年時点で世界六大陸70カ国の1万5000超都市に広がり、年間370万ドル(約5兆9200億円)もの売上をもたらしています。

強固な財務基盤

ライドシェアリング市場を開拓し、ライバル企業を振り落としてリーダーの地位を確保し続けてきたUberは、その土台に圧倒的に強固な財務基盤があったことはよく知られています。Uberには2010年の創業期よりセコイアキャピタルやGoogleベンチャーズなどの有力ベンチャーキャピタルが多額の資金を投資し、オペレーティングキャッシュを供給してきました。

2014年頃にはUberのビジネスが成長期に入り売上が激増、さらなる投資家を呼び込みます。その頃にはベンチャーキャピタルに加えて大手プライベートエクイティファームのブラックロック、大手金融機関のフィデリティ・インベストメンツ、さらにマイクロソフト、PayPal、ソフトバンク、トヨタ自動車、サウジアラビア政府系ファンドなども次々にUberへ出資し、財務基盤をさらに強固にしてゆきます。

2019年3月10日にUberはニューヨーク証券取引所に上場、IPOを果たしますが、早期にUberへ投資をしていたベンチャーキャピタルは莫大なリターンを手にしたとされています。

Uberの強固な財務基盤と資金調達ヒストリーは、アメリカのベンチャー投資の醍醐味をシンボリックに体現するひとつのサクセスストーリーであると言っていいでしょう。なお、UberのIPO時の株価は45ドル、時価総額は824億ドル(当時のレートで約8兆9816億円)となっています。

Uber成長の理由 ①創業者の資質

2010年10月から始まったUberのビジネスは、2025年までに月間アクティブユーザー数2億200万人、登録アクティブドライバー数1000万人を数えるまでに成長し、アメリカを始めとする世界各国の市場でリーディングポジションを獲得し続けています。パリを訪れていた二人のアメリカ人エンジニアのアイデアから誕生し、15年で世界中の交通システムに影響を与えるゲームチェンジャーとなったUberの成長の理由は何でしょうか。

第一の理由は創業者ギャレット・キャンプとトラヴィス・カラニックの二人の経験と資質です。Uber創業時、キャンプはコンテンツ検索サイトStumbleUponを起業して軌道に乗せ、大手オークションサイトのeBayへ売却した直後でした。StumbleUponをゼロから立上げ、ビジネスを軌道に乗せて7500万ドル(当時のレートで約81億7500万円)で売却した経験は、Uberを起業して軌道に乗せるための良き前例またはロールモデルとなったことは間違いないでしょう。

トラヴィス・カラニックも同様にScourやRed Swooshといったスタートアップ企業をゼロから立ち上げた経験とともにUberを起業します。キャンプがStumbleUponをeBayへ売却した同じ年にRed Swooshをアカマイ・テクノロジーズへ1900万ドル(当時のレートで約20億7100万円)で売却しています。カラニックの自ら起業し、売却してエグジットさせた経験は、Uberを立上げて成功させる強力な原体験となったことは明らかでしょう。

Uber成長の理由 ②「ブリッツスケーリング戦略」の採用

第二の理由は「ブリッツスケーリング戦略」の採用です。「ブリッツスケーリング戦略」とは未開拓の市場に最高スピードで参入し、競合が参入する前にすべての市場シェアを獲得する戦略であることを上述しましたが、当時のCEOのカラニックは、多分前職のベンチャー企業の起業経験から、ライドシェアリング市場が未開拓の市場であり、「先行者が多くのシェアを獲得できる」可能性を現実的に見出していた可能性が高いと考えられます。先行者としてのUberを最高スピードで市場参入させて市場を独占する。アメリカのみならず世界の主要都市でも同じことを行う。起業家カラニックの目には、そのイメージが具体的に映っていたのでしょう。

Uber成長の理由 ③強固な財務基盤

第三の理由はUberの強固な財務基盤です。Uberが創業当初より分厚い資金調達を行い、強固な財務基盤を築いてきたことは上述した通りですが、実際にUberの強固な財務基盤のおかげで「ブリッツスケーリング戦略」の採用に伴うキャッシュアウト経営や、創業時から長く続いた赤字経営が許されてきたのです。スタートアップ企業の多くは、往々にして目先の利益確保より市場シェア獲得を優先する戦略を採用しますが(Amazonが代表例です)、そうした戦略を実行するには何よりも相応の財務基盤が必要です。

実際、Uberのライバル企業のうち、少なくない数の企業がオペレーティングキャッシュの枯渇により経営破綻を余儀なくされています。キャッシュは経営を持続し、戦略を実行するために必要な血液です。強固な財務基盤をバックに、Uberは長期の赤字経営を維持できたのみならず、ドライバーへのインセンティブ提供や運賃・手数料のディスカウントといったシェア獲得戦術を駆使することができ、実際に駆使することでライバル企業を蹴落としてきたのです。

成長の理由 ④適切なタイミング

第四の理由は適切なタイミングです。Uberが創業した2010年は、いわゆるガラケーからスマートフォンへの移行が本格化した転換期にありました。スマートフォン時代の本格的な到来によりGPS機能やモバイルペイメントシステムなどが広く普及し、Uberのサービスを利用するベストな環境が整っていたのです。Uberの創業が10年早ければ、現在のUberと同様に成功できたかはわからないでしょう。

まとめ:今なお進化を続けるUber

創業から16年を迎えた今日、Uberは自動運転テクノロジーへの投資を強化するなど、今なお進化を続けています。特にロボタクシーへは75億ドル(約1兆2000億円)もの巨額の資金を投じ、みずから未来像を示し始めています。Uberの経営陣の目には、近い将来にロボタクシーなどの自動運転車がUberのプラットフォームに加わり、人間のドライバーに代わってサービスを提供する具体的なイメージが映し出されている可能性が高いと思われます。

実際、アメリカではカリフォルニア州、テキサス州、アリゾナ州などの都市部を中心にロボタクシー事業が相次いで立ち上がり、競争が始まっています。そのプレーヤーの中にはGoogle子会社のWaymoやイーロン・マスク率いるテスラなども含まれ、早くも混戦模様を呈し始めています。

新たに生まれたロボタクシー市場においても、Uberは「ブリッツスケーリング戦略」を行使してくる可能性が高く、そのインパクトが関係者の期待と注目を集めています。Uber伝統の「ブリッツスケーリング戦略」がどの程度有効なのか、Uberはロボタクシー市場においてもリーダーのポジションを獲得できるのか、Uberの今後の展開に大いに注目です。

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《参考サイト・文献》
Uber’s Founding
Uber’s International Expansion and Retreats
The History of Uber
What is Brief History of Uber Company?
EBSCO RESEARCH STARTER, Uber
Uber’s inspirational journey – and what we can learn from it

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この記事を書いた人

前田健二

大学卒業後渡米し、ロサンゼルスで飲食ビジネスを立ち上げる。帰国後複数の企業の起業や経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。新規事業立上げ、マーケティング、アメリカ市場進出のコンサルティングを行っている。アメリカのビジネス事情に詳しく、ライターとしてアメリカ発のニュービジネスに関する記事などを執筆、各種ウェブメディアに寄稿している。 米国のベストセラー『インバウンド マーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。