【女子高生2人が語るビジネス Vol.2】マクドナルドの誕生秘話とは?

岩本和代

【登場人物】
えま……17歳の女の子。高校2年生。好奇心旺盛だが、他力本願。楽しいことが好き。
つむぎ……17歳の女の子。高校2年生。えまと同じクラスで仲がいい。分からないことはすぐに検索するタイプ。いつもえまに振り回されている。

やっとお昼ごはんの時間だー!


3時間目からずっとお腹空いたって言ってたもんね


この時をどれだけ待ちわびていたか……!


えまのお母さん、めっちゃ料理が上手だもんね。今日も美味しそうなお弁当で羨ましいわ


ふっふっふー。普段はすぐに勉強しろ、片付けろって怒るけど、ご飯だけは本当に美味しいんだよね


はっ! これが胃袋を掴まれるってやつか!


いや、それ母親に対して使わない言葉でしょ


そうだ。今日は部活もないし、帰りはマックに寄って行こうね! 新作のシェイク飲みたいし♪


ご飯食べながら、もう別の食べ物の話を……


えー、じゃあ、マクドナルドの話でもする?


どういうこと?


ほら、企業の創業の話って結構面白かったからさ。マクドナルドもきっと面白いんだろうなーと思って


……それはまた、私に調べろと?


さっすが、つむぎちゃん♪


はぁ……別にいいけどさ


マクドナルドって、そもそも誰が作ったの?


マクドナルド兄弟みたいだね


マクドナルド兄弟?


マクドナルドは日本でいう名字だよ。兄のモーリスと弟のリチャードが作ったらしい


ほぅほぅ。面白そうな始まりだね。でも、なんで兄弟で会社を?


それは二人のお父さんが関係しているんだって。お父さんは靴工場で42年間勤めていたものの、定年間近で解雇されて、退職金も年金も支払われなかったらしいよ


それをみて、雇われの身の不安定さを痛感し、50歳になるまでに自分たちの手で100万ドルを稼ぐという誓いを立てたらしい


うーわ、最悪な企業だね。というか、そういう会社って昔からあったんだ。これっていつ頃の話なの?


モーリスは1902年、リチャードは1909年生まれなんだけど、彼らが10代後半から20代前半の頃だったんじゃないかってことぐらいしかわかっていなくって、確かな情報はないみたいだね


そんな昔の話かー。でも、そんなお父さんの背中を見てたら、私でも一つの会社にずっと勤めようとは思わないかも


えまの場合、普通に飽きて退職しそうだけど


仕事に対しては違うもん。働いたことないけど


……


でさ、お父さんの背中を見て、マクドナルド兄弟はいきなり会社を作ったの?


えっとね、そういうわけではないらしい。そもそも飲食業でもなかったみたいで、初めは映画業界の裏方だったみたい


映画なんだ! なんか若者らしくって夢がある!


そう? でもやっていたのは搬入だよ。設営、照明器具とかの運搬で、肉体労働だったらしいけど


うーん、私は体力はあっても、筋肉はないからなー


なぜそこで自分と比べる。でも、お兄さんのモーリスは映画の映写技師としても働いていた記録もあるみたい。どれぐらいの期間していたのかはわからないけど


そうなんだ。それならできるかな?


いやだから、なんで自分と重ねてるのよ


いいじゃん。それで、どうしてそこから飲食業界に行こうってなったの?


あぁそれは、映画業界で上手くいかなかったからだと思うよ。二人はその後、映画館経営もしているみたいなんだけど、1929年の世界恐慌の影響もあって苦戦


でもその時、映画館の近くにあったホットドッグスタンドが繁盛しているのを見て、これなら自分たちにもできるかもしれないと思ったみたいだね


おぉ、じゃあそれが、マクドナルド?


ううん。名前はまだ違うよ。1937年にカリフォルニア州モンロビアでオープンした飲食店の名前は「エアドローム」だって


エアドローム? 聞いたことない名前だね。それは何屋さんだったの?


この当時、アメリカではドライブイン形式のレストランが流行り始めていたみたいで、ドライブイン型のホットドックスタンド店を作ったみたいだよ


ホットドッグスタンドが?盛しているのを見て、そのまま同じのを作っちゃったんだ。でも、エアドロームっていう名前はどこから来たの?


それは、単に飛行場の近くだったかららしい。日本語訳すると、飛行場の店って意味だね。飛行場にはお客さんもくるし、見物客も来るし、映画の撮影で使われることもあったみたいだし


立地は抜群だね! 東京で言えば、羽田の近くに作ったってことでしょ


ま、まぁ、そういう感覚だろうね。そして、その3年後、このお店を閉店させて、サンバーナーディーノに移転し、「マクドナルド・バーベキュー」という名前に変えたんだって


お! ついに出てきた「マクドナルド」!


移転の際に面白エピソードがあるんだけど、マクドナルド兄弟は節約のために、八角形の形をしていたエアドロームのお店を半分に切って、それをトラックに乗せて運んだんだって


えぇっ!? お店って半分に切れるものなの?


ノコギリで半分に切断したとも言われているけど、凄いよね


凄いっていうレベルじゃないよね。普通の人はしないもん


まぁ、移動中には高さの問題とかもあって、色々ハプニングはあったみたいだけどね


そりゃそうだよ。でもそこまでしたのって、なんでなの?


徹底した節約家だったからだって


うーん。解体するのもお金がかかるし、新しく建てるのもお金がかかるからってこと? すごいなー。映画業界で大道具をしていた時の名残なのかなー


あー、そういうのもあるかもね


それでそれで? 移転してから、どうなったの?


ここで本格的なドライブイン形式を確立したらしいよ。カーホップという手法を取り入れたんだって


カーホップ?


注文を取って、料理を車まで運ぶ人のことをカーホップっていうらしい


あぁ、なるほど。あれ? じゃあそれまではどういう形だったの?


現代のドライブインと同じだったんじゃない? 店員さんはずっと店にいて、お客さんもずっと車の中にいて、その人が商品を受け取るまで、次の車の人は注文も出来ないみたいなかたち


そっかー。でも、たくさんドライブインをする人がいるなら、カーホップがいたほうが注文はどんどん取ることができるし、店側もお客側もメリットがあるよね


そうだね。しかもこの時は、バーベキュー、サンドイッチ、ハンバーガーなどの25種類ものメニューがあったらしいよ


おぉ~! 25種類は嬉しいね。色々楽しめそう!


しかも、めっちゃ繁盛店になったらしい


だろうね。私も行きたい! 車運転できないけど


でもマクドナルド兄弟は繁盛していても、カーホップの人件費がかかるし、満足はしていなかったみたい


そうなの? でもカーホップがあったから、繁盛していたんでしょ?


そうなんだろうけど、そこで満足しなかったからこそ、次の段階に進めたみたいだよ


次の段階って?


1948年に売上の分析をしたんだって。そしたら売り上げの80%以上がハンバーガーだったらしい


お、それはなんか、今のマクドナルドの原型が見えてきた感じがする


そしてカーホップの人件費削減のため、セルフサービス化にシフトチェンジしたんだよ


それは今もやっている形だね。そんなにカーホップはダメだったんだ。いいと思うんだけどなー


売り上げ分析を見て、メニューもハンバーガー、チーズバーガー、飲料、ポテトなどの9種類に絞り込んだんだって


おぉ! めっちゃ今のマクドナルドになってきてる


さらにリニューアルをする前に、繁盛店にもかかわらず3か月間休業。その間にしたのは、従業員教育みたい


教育……あまり聞きたくない言葉


テニスコートに集まって、チョークで実物大の厨房の図面を書いて、誰がどこに立って動けば、最短でハンバーガーが作れるのかのシミュレーションをさせたんだってさ


教育って、そういう教育か。それならしてもいい気も……。座学がやなんだよねー


あんたって人は……


話を戻すけど、その他にも一度に多くのパティを焼くことのできる大きなグリルを作ったり、決まった量のケチャップやマスタードを一度に噴射できる器具を作ったりしたらしい


そこまでして、結果はどうなったの?


これまで注文から渡せる状態になるまで20分かかっていたのが、30秒になったんだって


30秒!? すご!


これを、スピード・サービス・システムというらしいよ。そして、凄いと思ったのは、えまだけじゃなくて、レイ・クロックも思ったみたいだね


知らない名前が出てきた。その人は何なの?


この人は元々ミルクセーキ用ミキサーのセールスマンで、マクドナルドが8台の発注をしたのがきっかけで、興味をひかれたらしい


なんで興味をひかれたの?


売り上げが落ちている時期だったのに、「小さなハンバーガー店から8台も発注が来たんだけどどういうこと!?」みたいなテンションだったんだと思うよ


でも8台って、そんなに凄い数なの?


このミキサーは、1台で5杯同時に作れるんだって


あ、ということは、40杯も一度に作れる状態にしたいという要望ってことか。確かにそれだと驚くかも!


それでクロックは実際に自分の足でマクドナルドに行ったのよ


ほうほう


驚異的なスピードに、合理化されたメニュー数、さらにはその当時はドライブインというとたむろする若者が多かったらしいんだけど、マクドナルドの場合は家族連れが多かったんだって


今では普通のことだけど、当時はそれがすごかったってことだよね


そういうこと。そしてクロックは、このビジネスモデルは全米、世界中に広めるべきビジネスモデルだと思って、マクドナルド兄弟にフランチャイズ契約をしたいと申し込んだというわけ


それはマクドナルド兄弟も驚いただろうね


でも初めは乗り気じゃなかったみたい


そうなの?


マクドナルド兄弟はあくまで100万ドルを貯めたかっただけだし、自分たちの目が届く範囲での経営で満足してたから


展開をしていこうとは思ってなかったんだね


でも、1954年にクロックの熱意に押されて、フランチャイズ代理人としてクロックを雇うことになったようだよ


なるほどー! そうやって、マクドナルドは広がっていったんだね。何だか順風満帆って感じ


うーん、でもそうでもないみたいだけどね


そうなの?


元々、双方の考え方に違いがあったからね。マクドナルド兄弟は小さくまとまりたいという意識が強いのに対して、クロックは世界に広めたいと考えていたから。


それはクロックも分かっていたことだと思うんだけど、ずっと一緒にいると、マクドナルド兄弟が害悪だと思うようになったらしい


いやいや、あとから来たのはクロックの方なのに?


そうなんだけど、もう自分もマクドナルドの社員だから、自分のものという感覚があったんじゃない?


えー、なんか納得いかないんだけど


まぁそれはマクドナルド兄弟も同じで、クロックとはぶつかったらしい。最終的には契約書があるから、マクドナルド兄弟の意見が通ったんだけど、それもあってクロックの不満は溜まっていったというわけ


うーん。クロックの不満がたまったと言われても、無茶言っているのはクロックの方としか思えないんだけど


そしてクロックはついに、マクドナルドを自分の手におさめようとするんだよ


どういうこと?


クロックがマクドナルドを買収しようとしたわけ


そこまでいっちゃうの? 本当に好きになれないんだけど


買収を持ちかけたクロックは、マクドナルド兄弟にいくらなら売るのかと聞いたところ、270万ドルって答えたのよ。当時の金額として巨大だったけど、どうしてもマクドナルドがほしかったクロックはそのお金を用意して見事買収


マクドナルド兄弟は、その後自分たちの名字である「マクドナルド」という名前を商売に使ってはいけないという契約までしてしまったんだって


えぇ……色々と頭が追い付かないんだけど。クロックって本当に最悪すぎない?


この頃のマクドナルド兄弟とクロックの仲は最悪だったからね


でも、マクドナルド兄弟はなんで270万ドルっていったんだろう?


手取りで200万ドルになる金額だったらしいよ


あ、そっか。マクドナルド兄弟は50歳までに100万ドルを手に入れるっていうのが目標だったもんね


そういうこと。クロックが買収をしたのは1961年だから、2人とも50代ではあったよね


一応、夢は叶えたってことか……


ちなみに、その後、自分の名前は使えなくなったけど、1号店だけは死守できたから、そこで名前を変えて商売を始めたんだけど、クロックが近場にマクドナルドの店舗を出して潰したらしい


いや、ほんとさぁ。気分が悪くなる話だね。あれでしょ、マクドナルド兄弟が本当は悪くない悪役令嬢で、クロックが内面最悪のヒロインポジションで、あとから来て全てを奪い取って、悪役令嬢を断罪するっていう感じ


えまらしい例えだね。でもそういうイメージかも


廃業に追い込まれたマクドナルド兄弟はどうしたの? クロックと戦おうとしたの?


しなかったらしいよ


なんで!?


マクドナルド兄弟の一番の目的は何だったか覚えてる?


えっと……そうだ、平穏な隠居生活!


そう。だから戦わなかったんだよ。兄のモーリスは、クロックのやり方に怒りを覚えていたものの、相手は巨大な資本力があるし、長期戦で戦う気にはなれたかったみたいだね。弟のリチャードは、晩年のインタビューで、「クロックと戦って一生を台無しにするよりも、手にした金で静かに暮らすことを選んだ」というようなことも言っているらしいよ


なるほど……。でも、戦うのを諦めてからは、どういう最後だったの? ちゃんと平穏な隠居生活を過ごせたの?


うーん、微妙なところかな


まだ不運があるの?


二人はそれぞれ余生を過ごしていたんだけど、兄のモーリスは心労が強かったせいか1971年で死んじゃうんだよ


それって買収されてから10年後じゃん!


そうなんだよね。クロックとは仲が悪いままだし、自分たちの名前が付いたマクドナルドは、どんどん巨大化していくし、ストレスが大きかったのかもしれないね


後味が悪すぎる……。あっ、弟のリチャードの方はどうだったの? さっき晩年のインタビューではとか言ってたんだから、長生きできたんだよね!?


リチャードは故郷に戻って再婚して、家族とゆっくりとした時間を過ごしたらしいよ。手元に100万ドルがあるから、働く必要もなかったし


そういえば100万ドルって、今で言うとどれぐらいの金額なの?


10億円以上だってさ


おぉ、50代でその金額があれば、確かに豪邸とかに住まない限りは働く必要はなさそう。そっか、でも、リチャードの方は、ちゃんと幸せだったんだね


そうだね。それに、マクドナルド社とも少しは関係改善ができたみたいよ


1984年にマクドナルド社が行った「500億個目のハンバーガー」を調理するイベントに主賓として招かれて、リチャードがハンバーガーを焼くパフォーマンスを見せたんだってさ


それは……! よかった~。そういういい話もなかったら、マクドナルドが嫌いになるところだったよ


あはは。でも、ビジネスの世界では、別にクロックも悪いというわけではないからね。マクドナルド兄弟とクロックの考え方が違ったというだけで


まぁ、そうなんだけどさ


リチャードの言葉で、こういうのも残っているよ


「クロックに対して恨みはない。もしあのまま自分たちが経営していたら、今頃どこかの小さなビルの角で必死に働いていただろう」っていう感じで、平穏な引退に納得していたって


そっかぁ。私も起業するなら、そういうところもしっかり考えなきゃな。自分が何をしたいのかっていうのが、結構大事な気がするし


えまって起業する予定なの?


うーん、平穏な隠居は憧れるし


あぁ、そこに惹かれたのね


私もリチャードの心境になれるように、今日はマクドナルドで久しぶりにハンバーガーとチーズバーガーとポテトも食べちゃおう!


マックシェイクは良いの?


そんなの、一緒に注文するに決まってるじゃん♪


……太るわよ


うぐっ

次へ▶近日公開予定

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《参考資料
マクドナルドの歩み(公式)
企業情報/沿革・歴史(公式)
McDonald’ History
マクドナルドというブランドを乗っ取り、「創業者」と呼ばれた男(クーリエ・ジャポン)
孫正義・柳井正も憧れたレイ・クロックの真実(東洋経済新報社)

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この記事を書いた人

岩本和代

2016年よりフリーのライターとして活動中。 インタビュー取材、シナリオ執筆を得意としており、幅広く執筆をしている。