任天堂創業物語【第3話・溥編】山内溥が後継者になるしかなかった人生

岩本和代

【主な登場人物】
山内房治郎
山内積良(二代目)
山内溥(三代目)

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 1927年。俺は任天堂の創業者である家に生まれた。婿養子として山内家に入ってきた爺ちゃんは二代目だ。そして初代が俺の曽爺ちゃん。初代の山内房治郎が副業として始めたのが全ての始まりだそうだ。そういった話を俺は小さい時から延々と聞かされた。……父親のせいで。

 父親は婿養子として山内家に入ってきた。爺ちゃんと同じ立場だ。この山内家には、女の子しか生まれてこなかったため、毎回婿養子を迎えている。だから、俺が生まれた時は本当に喜ばれたそうだ。爺ちゃんの次に社長になるのは父親だが、その次は婿養子を取らなくても、俺がなれるからだ。俺がこの会社を継ぎたいかどうかなんて考える前から、そう決められていた。

 それでも小さい時は毎日が楽しかった気がする。優しい母と優しい父。父親は職場で爺ちゃんにしごかれていたから、平日は帰ってくる時間は遅かったけど、それでも幸せだった。あの日が来るまでは――

「そんな! 嘘よ!」

 ある土曜日の昼間。俺は母親と一緒に買い物に出かけていた。そして、帰って来ると家の中の様子が変わっていたのだ。母親はちゃぶ台の上に置かれた一通の手紙を読み終えると、大声を出した。

「お、お母さん?」

 俺には何が起きているのかが分からなかった。ただ、いつも優しく微笑んでくれる母親とは違う姿がそこにあったという衝撃の方が強い。

「あの女……、きっとあの女だわ……!」

 憎しみで表情が変わってしまった母親を前に、俺はどうしたらいいのかわからず泣きだした。何か良くないことが起きていることは分かったが、何が起きているかはわからない。それが怖くて、恐ろしくて泣いたのだ。

「……! 溥。あぁ、ごめんなさい。泣かないで、大丈夫よ。泣かないで……」

 優しい母親に戻り、俺のことを優しく包み込んでくれる。

「でも……どうしたら。きっとお父様はお怒りになるわ……」

 俺がもう少し大きくなってからわかったことだが、この時、父親は山内家を出ていったのだ。それも女と一緒に。手紙に何と書かれていたのか、母親は教えてはくれなかったが、きっと読んだところで気持ちのいいものではないだろう。

 その日の夜、夜叉のような顔をした爺ちゃんと静かな婆ちゃんが家に乗り込んできた。

「サト! サト! どういうことだ説明しろ!!」

「お父様……。私と溥が買い物に出かけて帰ってきたら、鹿之丞がこの手紙を残して消えておりました」

 爺ちゃんは母親が差し出した手紙をむしり取ると、顔を真っ赤にさせながら、手紙を畳に投げつけた。

「何だこのふざけた手紙は! サト! お前は男一人管理できんのか!!」

「申し訳ございません……!」

 爺ちゃんの前で母親はその場で土下座をした。怒り狂っている爺ちゃんと、土下座で謝る母親の姿。俺があっけに取られていると、俺の視界をふさぐように、婆ちゃんが俺を抱きしめた。

「溥……。ちょっと隣の部屋に行きましょう」

「婆ちゃん……でも」

「大丈夫よ。溥は何も心配しなくてもいいからね」

「……うん」

 俺は婆ちゃんにしがみついたまま、隣の部屋に一緒にいった。初めは爺ちゃんの怒鳴り声が怖くてビクビクしていたけど、気が付いた時には外は明るくなっていた。そして、その翌週から俺は母親と一緒に爺ちゃんの住む家に引っ越した。だけど一か月もしないうちに、その家から母親の姿も消えた。これは、俺がまだ5歳の頃の話だ。

「婆ちゃん……お母さんは何処に行ったの?」

「お母さんはね、心の病気になってしまったの」

「心の病気?」

「そうよ。だから、京都にあるこの家の場所よりももっと山奥の方に引っ越したのよ」

「じゃあ、僕もお母さんと一緒に行く」

「それはできないの……ごめんなさいね」

 婆ちゃんはそう言って、俺の頭を撫でてくれた。どうして母親と一緒に住んではいけないのか、俺にはさっぱり分からなかった。それに、どうして父親がいなくなったのかも、この時はまだ理解していなかった。ただ、父親の話をすると爺ちゃんは切れるし、母親の話をすると婆ちゃんが悲しそうな顔をするので、子ども心に話題にしてはいけないことなんだということだけは理解した。

 母親の姿が見えなくなった日の夜、俺は爺ちゃんに呼び出されて、爺ちゃんの部屋に行った。そこで爺ちゃんと婆ちゃんが正座をして待っていた。いつもとは少し雰囲気の違う爺ちゃんと婆ちゃんの姿に、俺はとてもドキドキしたのを覚えている。

「溥、お前はまだ小さいから理解できないかもしれないが、お前は俺の跡を継ぐことになる」

「爺ちゃんの後を継ぐ?」

「そうだ。お前は後継者になる。だが来年からようやく小学生になる歳だから、全てを理解しておく必要はない」

 俺は不安になって婆ちゃんを見る。婆ちゃんが優しく微笑んでいたので、俺は気を引き締めて爺ちゃんを見て頷いた。

「うん。わかった」

「よし、いい返事だ。明日からはさっそく帝王学も勉強させる。これからは後継者として、みっちり勉学に励んでもらうから、そのつもりで」

 その爺ちゃんの言葉通り、俺は就学前から勉強漬けの毎日になった。そうしているうちに、だんだんと自分の置かれている状態がどういうものかも理解できるようになる。ただ小学生になってから、周りからこんな言葉を投げかけられた。

「おい、花札のボンが来たぞ」

「本当だ。花札のボンだ!」

 俺はそう言われるたびに、そいつらを睨みつけた。確かに俺の家は花札を売っている。当時花札は賭博用のものだと思われていた。つまり賭博用の道具を作っている、アウトローな家の人間だという揶揄だ。まるで裏家業を生業にしていて、そこの次期党首になることが決まっている人間だから、そういった言葉を投げかけているようだった。ただこの時は分からなかったが、家が金持ちで小学生らしくない俺に対しての嫉妬もあったのだと思う。

 実際、小学校に入る前から勉強や帝王学を習っていた俺には子どもらしさというのはなかった。いつもどこか俯瞰して物事を見る癖がついていたし、同級生や上級生もうんと年下に見えていた。先生だって下に見ていたかもしれない。学校で教わることよりも、家で教わることの方が内容は充実していたので仕方がないことだと思うが。

 そして俺が高学年になる頃には、様々なことに対しての分別も出来ていた。世の中があまりにも稚拙すぎるということだ。俺の周りには頭のいい人間がいる。その筆頭は爺ちゃんだ。婿養子という立場を、あの歳になっても気にしており努力を怠らない。そして、爺ちゃんは俺の父親のこともあって、余計に仕事に打ち込んでいるように見えた。

 爺ちゃんには余裕というものがない。そんなに必死にならなくても、焦らなくても、十分に他の大人とは全く違う凄い存在だということは、小学生の俺でもわかった。なのに、爺ちゃんは曽爺ちゃんのことばかり追いかけているように見えて、それがとても不思議だった。

 中学生になる少し前から、日本では戦争が始まった。中学時代も戦時中だったため、学校へ行っても勉強というよりは軍事教練や学徒動員をさせられていた。ただ、帝王学や経営学は元々家で教わっていたので、そちらの勉強が疎かになることはなかった。

 勉強をする時間はとても有意義だ。他の余計な言葉を聞かずにすむからだ。学校に行けば、戦争の話だったり、俺をバカにするような花札屋の二代目というような言葉が聞こえてきたりするし、家にいれば女と逃げた男の子どもという目で見られる。爺ちゃんと婆ちゃんは俺と向き合ってくれたが、その他の人間はそうではなかった。だからか、常に何か渇望といえるものが心の中にあったように思う。

 高校の年になり、1945年、俺が17歳の時に終戦を迎えた。日本は戦後の混乱期にあったが、常に先を読もうと奮闘している爺ちゃんは、その中でも立ち上がれるように立ち回っていた。

「溥。ちょっといいか」

「何、爺ちゃん」

「お前、大学は東京へ行け」

「東京?」

「あぁ、早稲田大学専門部法律科へ行くんだ」

「何で?」

「そこで世の中を見てこい。京都は伝統にうるさい場所だが、東京は日本の中心だ。そこで経済がどう動いているのかを見ることも、お前のためになる。それに東京の大学を卒業したとなれば、それも箔になるだろう」

 そう言われても俺にはピンとこなかった。物心ついた時から後継者として育てられ、周りと一線を引いた状態で育ってきたせいなのか、向上心、熱というものが俺には欠けていたように思う。だが爺ちゃんが言うことは絶対だ。だから言われたとおりに東京の大学へ入学することにした。

 これまでは、爺ちゃんたちと京都の家に一緒に住んでいたが、東京の大学となると、京都からは通えないので一人暮らしをすることになった。

「今日からここで暮らすのか……」

 東京に一人で住むという実感は、爺ちゃんが渋谷区松濤にある豪邸に自分の私物が持ち込まれてからだ。ここには使用人もいるため、自分で料理をする必要はない。掃除をする必要もない。家に帰れば食事は出来る。さらに、これまでとは違って、爺ちゃんから大金を渡された。

 これまで様々なしがらみの中、勉強だけに明け暮れていた毎日と比べると、全く違う日常が始まったというわけだ。また、大学に通っていても、「花札のボン」と言ってくるやつはいなかった。周りも大人になったということなのかもしれない。

 俺は大金とともに、日々贅沢三昧な毎日を過ごした。お金はどれだけ遣っても、誰も怒ったりはしない。俺が何をしていても、咎めるものはいない。人も物もお金で解決できることがほとんどのような気さえしてきた。そんなある日の夜、爺ちゃんから久しぶりの電話を受け、明日婆ちゃんと東京へ行くから、時間を空けろと言われた。半年ぐらいは何も言ってこなかったのに、急に会いに来ると言われれば不安になる。やはりお金を遣い過ぎたのだろうかと考えていたが、実際は全く違っていた。

「溥、こちらのお嬢さんと結婚しなさい」

 何と爺ちゃんは、俺の嫁を連れてきたのだ。

「は? 爺ちゃん、俺まだ大学生なんだけど」

「それは分かっている。だが、お前に必要なのは家族だ。結婚をすれば、あの屋敷だけではなく、夫婦で住める一軒家も買ってやる」

 それはつまり、結婚資金も、生活費も全部出してくれるということだろう。人にそこまで執着できずにいたということもあり、俺は爺ちゃんの言葉通りに紹介された良子と結婚をすることになった。

 大学と結婚生活。それは思っていたよりも悪くはなかった。心の中にあった渇望する何かが満たされている気がしたからだ。

 だが、そんな生活も長くは続かなかった。1949年のある朝、突然一本の電話がかかってきた。何と爺ちゃんが倒れて入院したというものだ。入院中の爺ちゃんは俺を呼び戻せと言っているらしい。会いに来いではなく、呼び戻せと言っているということは、ただ帰省しろと言っているのとは違うだろう。

 俺はとりあえず、本当にそんなことを言われるのかが不透明なまま京都へと急いだ。そして――

「は? 爺ちゃん、俺まだ学生なんだけど」

「分かっている。だが、三代目社長としてやっていけるのはお前しかいないんだ!」

「いや、無理だって。俺、経営の勉強を大学でしている最中なんだから」

「それでも、お前しかいないんだ……会社を存続させるには!」

 これまで見たことのない爺ちゃんがそこにいた。あまりに必死に頼み込んでくる姿を見て、俺は爺ちゃんが死期を覚悟しているのだと思った。だが、社長になるには早すぎる。それに俺が社長になっても、あの会社には俺のことを悪く言う親族もいるし、悪く言う親族に限って、仕事は出来ないということも知っている。

「会社を存続させるためねぇ……。だったらさ、一つ条件があるんだけど」

「なんだ?」

「血縁関係のやつらは全部クビにしたいんだけど、それでもいいなら社長になるよ。どうする?」

 俺はどんな条件だろうと、爺ちゃんは俺を優先するという確信があった。5歳の頃から後継者になるためだけに育ててきた孫だ。その条件をのまない限り、孫が社長にならないと言っているのであれば、爺ちゃんには選択肢がない。俺の人生がそうだったように。

 爺ちゃんは即決をせず、少し時間をくれと言ってきた。だが数日後、俺の意見は通る。血縁者たちからの猛反発もあったし、ストライキも起きた。だが、俺は意見を変えず、全ての血縁者の首を切り、大学を中退し、良子を連れて京都に戻り、21歳にして任天堂の社長になったのだった。

▶第4話・溥社長編に続く(最終話)

《参考資料》
Wikipedia(「山内溥」「山内積良」)
東洋経済オンライン(「任天堂・山内溥が語っていた『運』と『おもろい』」)(「任天堂の『中興の祖』山内溥氏が死去」)
ダイヤモンド・オンライン(「任天堂・山内溥前社長、評伝・独断独歩(上)~『運』を掴み取った稀代の経営者の軌跡」)
NHKアーカイブス(「山内溥|人物|NHKアーカイブス」)
日本経済新聞(「山内溥氏が死去 任天堂を世界企業に 中興の祖、85歳」)

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この記事を書いた人

岩本和代

2016年よりフリーのライターとして活動中。 インタビュー取材、シナリオ執筆を得意としており、幅広く執筆をしている。