2026年3月23日時点で3961億ドル(1ドル160円換算で63兆3760億円)。
多くの株式市場関係者の間で2030年までに1兆ドル(約158兆円)に到達すると予想されているNetflixの時価総額です。
カリフォルニア州サンフランシスコから南に車で1時間半の距離にある小さな住宅地で生まれたNetflixは、どの様にして誕生し、どのような変遷を経て、どのようにして現在のポジションを獲得したのか。
Netflixのこれまでの歴史をまとめてお伝えします。
目次
カリフォルニア州スコッツバレーで誕生したNetflix
サンフランシスコから南に車で1時間半、シリコンバレーから1時間、サーファーの聖地サンタクルーズ郡の山中にスコッツバレーという町はあります。人口1万2千人、面積11.96平方キロメートルの小さな町は、保守層とされる比較的富裕なアッパーミドルクラスが多く住む、おしゃれでかわいらしい高級住宅地です。Netflixという、今では世界最大のストリーミングサービス業者は、このスコッツバレーで産声を上げました。
Netflixを設立したのはリード・ヘイスティングスとマーク・ランドルフの二人です。Netflix設立前は、ヘイスティングスはソフトウェアのデバッグ専門会社ピュア・アトリアの創業者兼CEO、ランドルフはソフトウェア大手ボーランド退職後シリコンバレーのスタートアップ企業へ転職活動中の就職浪人でした。当時シリコンバレーで成長著しいスタートアップ企業として注目されていたピュア・アトリア社の求人にランドルフが応募し、マーケティング担当副社長として採用されたことがNetflix誕生の出発点となりました。
通勤中の車の中で産まれたNetflixのアイデア
当時、ピュア・アトリア社のオフィスはシリコンバレーの中心部にありました。ヘイスティングスとランドルフの二人はいずれもサンタクルーズ郡に住む近所同士で、オフィスまで毎日同じ車に乗って通勤していました。ある日通勤中の車の中でランドルフが「CDを購入者へ郵送販売するビジネスを始めないか」と発言、ヘイスティングスが賛同して直ちにテストしてみようという話になりました。実際にテストを行うなどして実現可能性を検証した二人は、やがてDVDを同様に郵送販売するというアイデアへ昇華させ、Netflixのアイデアの原型へたどり着きます。
同じ頃、ヘイスティングスが別の出来事に遭遇します。当時全米最大のレンタルビデオチェーンのブロックバスターから映画「アポロ13号」のビデオをレンタルしていたヘイスティングスはうっかり返却し忘れてしまい、ブロックバスターから延滞金を請求されてしまいます。6週間の延滞に対して44ドルもの延滞金を支払わされたヘイスティングスは憤るとともに、「もし44ドルを毎月の会費として支払って、延滞などを気にすることなく好きなだけビデオを借りることができれば、素晴らしいビジネスになるかも知れない」と思い付きました。ヘイスティングスのこのアイデアは前述の車の中で産まれたDVD郵送販売のアイデアと合体し、DVDを好きなだけ借りられるDVD郵送レンタルというアイデアに行きつくのです。
DVD郵送レンタル事業として事業開始
1997年8月29日、スコッツバレーを起業の地にNetflixは誕生しました。Netflixという社名は、Net(ネットの)とFlics(スラングで映画という意味)を合成して作られました。翌年1998年4月に公式ウェブサイトを開設し、DVD郵送レンタル事業を本格的にスタートさせます。事業開始当初のビジネスモデルは、ユーザーがNetflixのウェブサイトで見たい映画タイトルを検索し、オンラインで注文すると数日でDVDが郵送されてくるというものでした。当初は取り扱いタイトルがわずか925しかなく、レンタル料も借りるDVDごとに課金される仕組みでした。DVDを見終わると、ユーザーが同封された返信用封筒にDVDを入れてNetflixへ郵送で返却していました。
1999年に入るとNetflixはサブスクリプション制度をスタートさせます。ユーザーが月額料金を支払うと好きなだけDVDをレンタルできる仕組みです。ヘイスティングスが当初イメージしていたこのビジネスモデルは、延滞料なしで好きなDVDを好きなだけレンタルできるということで評判になり、乱立していた競合企業からユーザーを奪い取ることに成功します。「好きなタイトルを好きな時に好きなだけ視聴できる」という現在のNetflixに通じるコンセプトは、この時に誕生したと言えるでしょう。
DVDの世界的な普及とともに事業拡大
サブスクリプション制度を武器にNetflixの事業は、当時のDVDの世界的な普及とともに拡大してゆきます。2000年頃の当時は、映画などのコンテンツを見る手段としてインターネットが現在程普及してなく、ユーザーはもっぱらDVDプレーヤーを使ってコンテンツを視聴していました。DVDの普及とNetflixの事業は歩調を合わせる形で成長軌道に乗ってゆきます。会社設立からわずか5年後の2002年3月にはNASDAQへ上場し、翌年2003年にはアメリカ特許庁で「レンタルサービスのサブスクリプション」の特許を取得します。2005年には一日のDVD発送数が100万を突破し、取り扱いタイトルも3万5千に拡大しています。
この頃には、競合企業としてのブロックバスタービデオとの闘いが激化し、お互いのユーザーを奪い合う白兵戦が常態化します。Netflixとブロックバスタービデオの泥沼の闘いは、2010年にブロックバスタービデオが経営破綻するまで続くことになります。
2007年からストリーミングサービスを開始
DVD郵送レンタル事業者としてのNetflixに大きな転機が訪れたのが2007年です。同年からNetflixは、映画1000タイトルのインターネットによるストリーミングサービスを開始しました。サービス開始当初は、Netflixの公式ウェブサイトの一角で「新サービス」としてこぢんまりと存在をアピールしていたのですが、家庭へのインターネットの普及と通信環境の向上に伴い利用者数が右肩上がりで増加し、やがてDVDレンタルユーザーを数的に凌駕するようになっていったのです。
サービス開始当初はタイトルに旧作やニッチコンテンツが多く、「DVDレンタルを補佐するサービス」として機能していたストリーミングサービスですが、コンテンツをオンデマンドで好きな時に簡単に視聴できる利便性がユーザーに評価され、取り扱いタイトル数を徐々に増やしてゆきました。また、Roku、マイクロソフト、Sonyなどとストリーミング端末を共同開発するなど、ストリーミングの利用シーンの拡大を図るなどの努力も実を結び、コンテンツ配信プラットフォームとしてのシェアを持続的に広げてゆきます。
ストリーミングサービス開始時点のユーザー数はDVDレンタルとストリーミングサービスの合計で748万人でしたが、2012年にはストリーミングサービスのユーザー数だけで2710万人に達し、事実上のNetflixの主たる配信プラットフォームになります。なお、創業時からのビジネスモデルであったDVD郵送レンタル事業は、主役の座をストリーミングサービスに譲ってからもサービス提供を続け、2023年9月に正式に事業を停止しています。
成長の原動力となったレコメンデーションシステム「シネマッチ」
Netflix成長の原動力になった最大のけん引役のひとつが、レコメンデーションシステム「シネマッチ」(Cinematch)です。NetflixはDVD郵送レンタル事業を主業務としていた2000年よりユーザーの利用履歴や嗜好などのデータを分析して「おすすめ作品」をレコメンドするシステムを開発、活用してきました。
シネマッチは協調フィルタリング(Collaborative filtering)ベースのレコメンデーションシステムです。協調フィルタリングはユーザーを購買履歴などでグループ化し、グループ内メンバーの嗜好パターンを他メンバーに当てはめてレコメンドする仕組みです。EC大手Amazonが創業間もない頃より活用し、事業拡大の原動力にしてきたことはよく知られています。Amazonと同様にNetflixも協調フィルタリングを使ってユーザーに「おすすめ作品」をレコメンドし、リピートオーダーを獲得していったのです。
運用開始当初は原始的だったシネマッチは徐々に改良を重ね、精度を上げてゆきます。シネマッチの精度向上のエピック的な出来事となったのが、Netflixが2006年から開催した「Netflixプライズ」というマシンラーニング大会です。「Netflixプライズ」の目的は、シンプルにマシンラーニングのマッチング性能を競うもので、優勝賞金100万ドルを目指して世界各国から多くの開発者が参加しました。
三年におよぶ競技の結果、20009年にアメリカの大手通信事業者AT&Tの研究チームが勝者となり、賞金を獲得しました。同チームが用いたモデルは極めて複雑で、100以上のアルゴリズムを組み合わせたアンサンブルモデルでした。Netflixはこうしたモデルをシネマッチに取り入れ、性能向上に活用したのです。
Netflixによると、シネマッチにレコメンドされたユーザーの半数が実際にレコメンドされた作品を視聴しており、Netflix視聴数全体の60%をもたらしているそうです。シネマッチの性能向上と視聴数増加は正の相関関係にあり、今後も両者の両輪の関係がさらに強化されてゆくことでしょう。
オリジナルコンテンツを拡充、ユーザー囲い込み
Netflixのもうひとつの差別化要因がオリジナルコンテンツです。Netflixは、インターネットベースのストリーミングサービスがコンテンツ視聴の主たるプラフォームとなり始めた2012年からオリジナルコンテンツを制作、配信を始めています。Netflixがオリジナルコンテンツの配信を始めた目的ですが、他社の配信プラットフォームから差別化するためと、外部コンテンツホルダーに支払うライセンスコストの削減です。そして何よりも、オリジナルコンテンツの独占配信によりユーザーを囲い込むことが最大の目的でしょう。
Netflixのオリジナルコンテンツで最初のヒット作品となったのが、2013年2月に配信が開始された政治ドラマ「ハウス・オブ・カーズ」です。「ハウス・オブ・カーズ」は、史上初めて地上波ではなくストリーミングサービスで配信されたテレビドラマシリーズで、テレビからストリーミングへのメディアシフトを象徴する作品となりました。イギリス生まれのアメリカリメイクドラマで、主演ケヴィン・スペイシーの作品は大ヒットとなり、ストリーミングサービスで配信されたテレビドラマとして初のエミー賞を受賞する結果となりました。
「ハウス・オブ・カーズ」の成功を皮切りに、Netflixは続々とオリジナルコンテンツを配信し、2026年時点でアメリカのユーザーを対象とした配信コンテンツの60%を占めるまでに拡大しています。Netflixのオリジナルコンテンツの波は日本にも押し寄せてきており、これまでに「全裸監督」「今際の国のアリス」「地面師たち」といった数々の日本オリジナル作品を生み出しています。
スポーツコンテンツも拡充へ
Netflixで最近話題になったのは、我が国におけるWBCの独占配信でしょう。今年開催されたWBC2026では、史上初めて地上波テレビでの放送ではなく、Netflixによる独占配信されました。一説には150億円とされる巨額の放映権料に地上波テレビ局が難色を示し、Netflixが攫っていったとされています。NetflixによるWBC配信の結果は数字の上では良好で、Netflixによると、WBC全47試合で3140万人が視聴し過去最大規模となりました。これは、日本におけるNetflixの単一コンテンツとしては史上最多の数字です。
Netflixのスポーツコンテンツ強化の動きは本国アメリカでも進行しています。アメリカではこれまでに国民的スポーツのNFLのクリスマスゲームや、マイク・タイソン対YouTuberジェイク・ポールのボクシングマッチなどを独占配信し、多くの視聴数を獲得しています。今後も2027年開催の女子サッカーワールドカップ、フォーミュラーワン(F1)などの独占放送なども計画しているそうです。
Netflixは、今後もスポーツコンテンツを含むオリジナルコンテンツを強化し、ストリーミングサービス業者のナンバーワンの地位をさらに固めてゆくのは間違いないでしょう。そして、豊富なコンテンツをベースに、進化を続けるシネマッチが成長ドライバーとして事業のファウンデーション(基礎)となり続けてゆくことでしょう。
まとめ
二人のアメリカ人起業家が1997年にカリフォルニア州スコッツバレーのホテルの会議室を本店所在地にして立ち上げたDVD郵送レンタル事業は、創業当初からレコメンデーションシステムを武器に競争を勝ち抜き、成長を続けました。DVDからストリーミングへのプラットフォームシフトが起きると、早々にストリーミングサービスを開始、さらなる成長を遂げるとともにプラットフォーム全体の転換に成功します。
近年は各種のスポーツコンテンツの独占配信などを含めたオリジナルコンテンツを強化し、「勝者総取り」の戦略を着実に進めているNetflixですが、今後確実に起こるとされるテレビなどのオールドメディアからストリーミング配信へのプラットフォームシフトにも適応し、シフトの受け皿になってゆく可能性が高いです。
Netflixは、爆発的に成長するコンテンツ視聴市場においては「強者生存」ではなく「適者生存」が最適解であることを見事に示してくれています。Netflixの「適者生存戦略」が今後どう展開してゆくのか、今後も引き続き注目です。
※参考サイト
・The birth of Netflix Right Here in Santa Cruz / Scotts Valley
・We delve into the exciting history of Netflix: How a global entertainment leader was forged
・Britannica Money
・Case Study: Netflix’s Transition from DVD Rental to Streaming
・“House of Cards,” Netflix’s first original series, starts streaming
・About Netflix
この記事を書いた人
前田健二
大学卒業後渡米し、ロサンゼルスで飲食ビジネスを立ち上げる。帰国後複数の企業の起業や経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。新規事業立上げ、マーケティング、アメリカ市場進出のコンサルティングを行っている。アメリカのビジネス事情に詳しく、ライターとしてアメリカ発のニュービジネスに関する記事などを執筆、各種ウェブメディアに寄稿している。 米国のベストセラー『インバウンド マーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。



















