【大学講師と大学生が語るビジネス Vol.2】Apple創業者3人の物語|世界的企業誕生の裏側

岩本和代

【登場人物】
りえ講師……31歳の女性。某公立大学講師として勤務。マーケティングのゼミを担当。博識で前向きだが、学生には「りえちゃん」と呼ばれており、中々講師扱いされていないのを気にしている。
こーた……20歳の男性。大学2年生。りえ講師が担当するゼミに所属している経済学部生。真面目さと適当さが絶妙なバランスの持ち主。

そろそろ新しいiPhoneにしなくちゃね……


ん? 機種変するの?


ちょっと動作が遅くなってきて


そうなんだ。俺も大学入学する時に買ってもらってから機種変してないから、そろそろしようかなー。大学の近くにアップルストアがあったよね。ちょっと見に行かない?


行かない


即答だねぇ


あんたと一緒に行ったら、ついでに何か奢らされそうだし


そんなことしないって。むしろ俺が奢ってあげる


いらない。そんなことより、さっさとレポート仕上げて。出来ていないのあんただけよ


えー! 行こうよ~。俺にも気分転換が必要だって


……はぁ。じゃあ、Appleってうちのゼミでも取り上げたし、講義をちゃんと聞いていたかを確認してOKだったら行ってあげるわ


それに答えられたら行ってくれるってことだね


そういうこと。じゃあ第一問。Apple社の創業者は誰?


いきなりひっかけ問題だ。創業者って言われると、1人しかいない気がするけど、本当は2人なんだよね。スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックでしょ


不正解。あんたが何も聞いていなかったことがよくわかったわ


えー!! 聞いてたよ! ただちょっと想像の世界を彷徨っていただけで……


それを寝ていたっていうのよ


りえちゃん、ごめんて。ちゃんと勉強するから教えてください


……わかった。じゃあまた講義してあげるわ。質問があったらしてきて


はい!


さっきの話に戻るけど、Apple社の創業者は3人。スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック。そして創業後12日で会社を後にしたと言われている、ロナルド・ウェインよ


ロナルド・ウェイン? この人は何をした人なの?


共同設立契約書の作成をしたり、会社のロゴを考案した人よ


実務とデザインってことだね。え、でも、なんで12日で会社を辞めたんだ? ジョブズとウォズニアックと喧嘩でもしたとか?


いいえ。自分の個人資産のリスクがあまりにも高いと思ったからよ


どういうこと?


創業当時。ジョブズとウォズニアックは20代前半だったけど、ロナルド・ウェインは42歳という年齢だったの


そしてロナルド・ウェインが問題視したのは、Appleは最初法人ではなく無表記のパートナーシップで……


ちょっと待って。無表記のパートナーシップって?


組合みたいなものね。パートナーシップの場合、事業で発生した負債は共同経営者全員の個人の資産から支払うという責任があるのよ


あ! そっか。ジョブズとウォズニアックは優秀だけど、20代前半だったら、個人の資産なんてほとんどないけど、42歳のロナルドはそれなりのものを持っているってことか


そういうこと。家も貯蓄もあったからね。もし事業が失敗した場合、均等に負債が行くのではなく、ロナルド1人に集中する危険性があるということをわかっていたってこと


それは確かに躊躇するなぁ


それに彼にはトラウマもあるの。過去にスロットマシン事業をしていたことがあったんだけど、それに失敗して1年かけて返済したという苦い経験もあったんだって


負債に振り回された経験があるからこそ、怖くなったってことだよね


それに創業してすぐにジョブズが、バイトショップから50台のコンピュータを受注した際に、部品調達のために1万5000ドルの融資を受けているのよ


けれど、ロナルドは取引相手の支払い能力を疑っていたから、負債だけが残るんじゃないかって思ったというわけ


なるほど。でも予想に反して、そんなことはなかったし、Appleは大きくなっていくってことだもんな。ロナルドも失敗したーって思っただろうな


でもビジネスというもの自体が運というところもあるから、何とも言えないわよね。


もし、ロナルドが危惧した通りに負債しか残らなかったら、きっとジョブズとウォズニアックは路頭に迷っていただろうし


確かに……。創業者って何もない所から作りだすから、リスクも背負ってるってことかぁ。そういえば、ジョブズとウォズニアックって、どうやって知り合ったの?


2人を引き合わせた人がいたのよ。ビル・フェルナンデスっていう名前は憶えていない?


あ! 聞いたことがある。確か社員番号4番の人だよね


そうそう。そこは覚えていたのね。Appleが法人化した1977年の時に、ビルは一番初めの社員として雇われたのよ


それって、2人を引き合わせたからってことだよね


そういう意味もあるけど、ビルは元々2人との関係が深いのよ。


ジョブズとは中学からの親友で同じ高校に進学したし、ウォズニアックはサニーベールにある実家のご近所さんで幼少期から遊んでいた相手だったからね


なるほど。幼馴染と学生時代の親友か。で、その2人の気が合うだろうと思ったわけだね


そういうこと。Appleの人間関係も深堀していくと、色々な歴史があるから面白いわよ


でもビジネスが絡むとさー。友だちだと、なんかねー


その感覚も正しいわ


そういえば、3人で創業した時はまだ法人じゃなかったんだよね?でも1977年には法人化しているってことは、ジョブズとウォズニアックの2人で法人化したってこと?


いいえ。もう1人いるわ。ロナルドが抜けた後、マイク・マークラという人物が入ったの


この人はどういう人なの?


すでに引退していた投資家なんだけど、事業拡大を狙うジョブズが説得をして入ってもらったの


それだけマイクのことをジョブズは買っていたということだよね


そういうこと。マイクは資金調達や出資金だけじゃなく、ビジネスプランの策定をしたり、マーケティング哲学の構築もしたの。


さぁ、問題よ。Appleのマーケティング哲学と言えば?


えっ!? それを言ってくるってことは、今のマーケティング哲学と同じってことだよな?


そうよ。ほら、言ってみて


えーっと……


これも講義でやったし、ゼミでも取り上げていたはずだけど?


怖い顔しないで、りえちゃ~ん。教えてください。


……仕方ないわね。今度は覚えておくように。Appleのマーケティングの三原則「共感」「集中」「印象付ける」よ


あ! それ、ゼミのノートに書いてる!


一応、寝てはなかったみたいね


あはは


じゃあ、その3原則を説明してみて


わかった。「共感」は顧客のニーズを誰よりも深く理解し、寄り添うこと。「集中」は重要なこと以外、全ての無益な機会を排除すること


そして「印象付ける」は人々は中身だけでなく、その製品の見た目で品質を判断する。だからこそ、最高に美しく装わなければいけない。だよね!


そうね。あとはそれをノートを見なくても言えるようにできるといいけど


そこは勘弁して……


あと、マイクはジョブズにとって、マーケティングを教えてくれた父親的存在でもあったのよ


ジョブズって初めから1人で何でもできていたわけじゃないんだね


そうね。でも物を売る感覚は素晴らしかったし、現在のAppleのビジネスモデルの原点にもなっているわ


どんなのがあるの?


創業期に行った4つのビジネスを覚えておくといいわ。1つ目はB2B施策として、個人用コンピューターを完成させた状態で販売したの


どういうこと?え?その時代って完成品のコンピューターはなかったってこと?


今みたいに一家に一台、個人で一台という時代じゃないからね


当時の個人用コンピューターは、自分で はんだ付けをして組み立てる「キット形式」が主流だったのよ。そんな中で完成品が販売されると、どうなると思う?


あぁ、そうか。個人でコンピューターを買うハードルが下がる!


そういうこと。そうやって顧客の層を増やしたのよ


キット形式が主流だった時代に、そんなことを考えるってスゲー


2つ目は手出しゼロのサイクルを作ったこと。ロナルドが辞めるきっかけにもなった、ジョブズがバイトショップから50台分を購入した話、あったでしょ


うん。回収できそうにないから、ヤバいと思って逃げたってやつだよな


そう。でも実はジョブズはちゃんとリスクヘッジをしていたのよ。委託販売じゃなくて、現金取引にしていたから


バイトショップから注文を確定させた証拠を持って部品業者の所に行って、部品の支払いを30日間の支払いの猶予を貰って仕入れていたのよ


あ、そういうことか。バイトショップでキットを買って、部品業者からは支払いを待ってもらい、その間に製品を作り上げ、それを売ったお金で部品業者に支払いをしていたってこと?


そういうこと。創業資金が皆無だったということもあって、持ち出すお金がなかったということを理解していたということね


最初にバイトショップでキットを買ったお金はさすがにゼロからは生み出せないから、融資という形にはなったけど


それを知っていたら、ロナルドは辞めなかったかもしれないのに……


どうかしら?この仕組みも初めての試みだから、そう上手くいかない可能性はゼロではないし、ロナルドは少しでも不安があるなら辞めていたかもしれないし


そっか。俺らは未来の人間だから、当時のことを過去の話として見てるけど、当事者だったら、そんなにうまくいくかなって不安になるか……


じゃあ3つ目ね。3つ目は口コミによるマーケティングの徹底よ。これも予算がなかったから作りだしたっていうのもあるけどね


口コミって、誰かに試してもらって広めたってこと?


いいえ。ジョブズは自分で広めていったのよ。当時コンピューター愛好家の中心地だったホームブリュー・コンピューター・クラブという会があるんだけどね


そこに毎回出席して、ウォズニアックが作ったプロトタイプを披露したの。さらに、フィードバックもその場で集め、予約も取り付けたのよ


すごい……。ジョブズって、舞台の上で1人で語っているイメージがあるけど、初めからそれをしてたんだな


そして最後は、価格設定ね。みんなが覚えやすい666.66ドルにしたことよ


それ、何か聞いたことある。でも何でそんな金額にしたんだろ?


卸値が500ドルだったらしいんだけど、それに33.3%の利益を上乗せしたら、たまたまゾロ目で面白いということで採用されたみたいね。でもこの価格が注目を集めることになったの


注目?


当時のコンピューターは500ドルとか1000ドルとか、きりのいい数字ばかりだったのよ


その中で、こんなゾロ目の価格が出てきたら、愛好家の中で「この数字はなぜなのか?」という話題性を呼んだということよ


確かに。そう言われると気になる。でもさ、これだけのことができていたんだったら、ジョブズはマイク・マークラに何を教えてもらってたんだろう?


いい質問ね。マイクが伝えたことは、さっきも出てきたマーケティングの3原則。それと、永続する企業の作り方、それからプロフェッショナリズムよ


なんかゼミみたいなことを言ってる


これもゼミなんだけど?まぁいいわ。まず”永続する企業の作り方”では、「利益を上げるために会社を作るのではなく、会社を永続させるために利益を上げること」ということを教えたの


それでジョブズは、ヒット商品を作るんじゃなくて、文化を作る企業を目指すようになったのよ


ヒット商品じゃなくて、文化! 確かに、マックとかiPhoneとかって文化だよなぁ


そして”プロフェッショナリズム”では、ビジネスプランの書き方、組織図の作り方、プロとしての規律を教えたの。これは経営のイロハね


そっか、マーケティングと経営学は通じるところはあってもイコールじゃないし、やらなきゃいけないことも違うから、確かに必要なことだよな


そう思うと、ジョブズがマイクを父親のように尊敬し、接していても不思議ではないでしょ?


確かに。それにマイクの必要性も分かった気がする


あともう一つ。これは創業期の話ではないんだけど、Apple社を語るなら抑えておかなければいけないマーケティングがあるわ


それは?


1984年のスーパーボウルで放送されたCM「1984」よ。このCMは、60秒あったんだけど、その間1度も製品は見せなかったのよ。しかも、1度きりのCMで、Apple社は世界観を売ったの


1度きりで、しかも製品を見せない……。めちゃくちゃ大胆なことしてるけど、それで本当に効果あったの?


伝説のCMと言われるほど効果はあったわ。放映自体は確かに1度きりだったけど、ニュース番組などで繰り返し取り上げられたから、無料で宣伝効果を得ることができたのよ


ちなみにこれって、何の製品だったの?


Macintoshよ


マックかー!! それはめちゃくちゃ、センセーショナルだっただろうな


実際、放映後の100日間で当初の予測を大幅に上回る7万台以上が売れたらしいわ


は~。何かApple社というかジョブズというか、色々と伝説を作りすぎてて、頭がパンクするよ


そうね。今日話した以外のこともApple社はしているし、マーケティングじゃないけど、ウォズニアックに注目してApple社を見てみると、また違った景色が見えるわよ


なるほどなー。彼はシステムエンジニアだもんね


それじゃ、今日の講義もレポートにまとめておいてね


えっ!? ただでさえ、締切り間際のレポートを抱えているのに!?


私にこんなに講義させたんだから、その代償は払ってもらうわよ。じゃあ私は1人でアップルストアに行ってくるわ


それはないよ、りえちゃ~ん

《参考資料》
Library of Congress (米国議会図書館)
Britannica (ブリタニカ百科事典)
Apple Newsroom (Apple公式アーカイブ)
Computer History Museum (コンピュータ歴史博物館)
The Walter Isaacson “Steve Jobs” (ウォルター・アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』)

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この記事を書いた人

岩本和代

2016年よりフリーのライターとして活動中。 インタビュー取材、シナリオ執筆を得意としており、幅広く執筆をしている。