【米国スタートアップ列伝 Vol.3】善を行う世界最強のサーチエンジンGoogle

前田健二

一日あたり164億回、一秒間に18万9815回。

Googleの直近の全世界の検索回数です。近年、AIの台頭による影響を受け始めたとされるGoogleですが、未だに検索の世界ではナンバーワンの地位を保ち続けています。サーチエンジンの王者として君臨するGoogleは、直近時価総額4兆1200億ドル(約651兆円)を誇る、世界トップクラスのメガテック企業でもあります。本記事は、そんなGoogleがどのようにして生まれ、どのように現在の地位を獲得したのか、時系列でわかりやすく解説します。

二人のスタンフォード大学大学院生

Gooleを生み出したのはラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの、二人のスタンフォード大学大学院生です。1995年当時、博士号取得に向けた論文のテーマを探していたペイジが、インターネットのワールドワイドウェブを構成するリンク構造を数学的に分析し、重要度に応じてランク付けできないかと発案したのがGoogle誕生のきっかけです。

学術論文の世界では、他の論文による「引用」が重視されます。ある論文が別の権威ある著者の論文から「引用」されると、引用された論文自体の「権威性」も相応に認められるとされます。ペイジのアイデアは、その「引用」「被引用」による評価基準をワールドワイドウェブの世界に適用し、それをもとに各ウェブサイトなどの「権威性」をランク付けしようとしたのです。

BackRub(背中のマッサージ)と名付けられ、立ち上がったペイジの研究プロジェクトに、やがて相棒となるセルゲイ・ブリンが合流します。ブリンの協力を得てプロジェクトは複数の公的研究助成金を獲得しながら順調に進み、実現に向けて動き出します。

1996年3月、開発したウェブクローラーが初めてクローリングを行います。記念すべき初のウェブクローリングは、母校スタンフォード大学のホームページに対して行われました。やがてウェブクローラーの活動範囲が少しずつ広がり、現在のGoogleに通じる「サーチエンジンの原型」のようなものが次第に出来上がってゆきます。

ウェブクローラーの仕組み

話を進める前に、ここでウェブクローラーの仕組みについて簡単に説明しておきましょう。ウェブクローラー(Web crawler)とは、検索対象となるウェブページに巡回し、インデックス(検索しやすくなるように情報を整理すること)し、インデックスしたデータを自分のデータベースにストアするアプリケーションのことです。サーチエンジンで検索ワードを入力すると、サーチエンジンはウェブクローラーがインデックスしたデータへアクセスし、該当ページを探して結果を出力します。ウェブクローラーがウェブページへアクセスしてインデックスしてくれるおかげで検索が出来るようになるわけです。Googleを含むサーチエンジンは、ウェブクローラーによるインデックスデータの量と質を競い合っているのです。

ペイジとブリンは、ウェブクローラーにインデックスさせたウェブページを、それぞれの被リンクの質や量などによって権威性をランキングするアルゴリズムを開発、「ページランク」と名付けました。この部分、学術論文における「引用」「被引用」による権威性の話と根を同じくしていることは上述の通りです。

「ページランク」によるウェブページのランキングは、精度と信頼性において他のサーチエンジンを圧倒し、二人が開発したサーチエンジンの原型は、早くもサーチエンジン界における「期待の新星」としてその歴史のスタートを切ったのです。

Google最初のバージョンがリリース

やがてBackRubからGoogleへと名前を変えたサーチエンジンの最初のバージョンが完成、1996年8月に正式に公開されました。なおGoogleという名前は、数学用語のGoogol(10の100乗)から付けられました。

Googleは公開されるやたちまちアクセスが殺到し、スタンフォード大学の学内ネットワークのトラフィックの半分を集める結果となりました。当初はスタンフォード大学のインフラを使って運用されていたGoogleですが、アクセスが激増するとともに独立し、1997年9月に独自ドメインへ移行、翌年1998年9月にGoogle株式会社が正式に立ち上がりました。

ところで、サーチエンジン期待の新星として誕生し、リリースされてからも順調にトラフィックを増やしていったGoogleですが、「どうやって売上を上げるのか」という課題に当初から直面していたことはあまり知られていません。

激増するトラフィックに対して何らかの広告を配信するというアイデアは早い段階から共有されていましたが、ペイジとブリンの二人は、当初はポップアップ広告などを出すことに否定的であったとされています。しかし、何らかの収益を上げる必要性があることを認めた二人は、やがてテキストベースの広告を検索結果ページに表示することに同意したとされています。

「検索ワード広告」を取り込んで売上激増

ところで、ユーザーが入力した検索ワードに応じて適切な広告を配信する「検索ワード広告」は、Googleが発明したものではありません。「検索ワード広告」は、当時メジャーであったサーチエンジンのGoto.comが1998年に生み出したとされています。

Goto.comは後に社名をオーバーチュアに変更しましたが、同様の検索ワード広告配信を始めたGoogleを特許侵害で訴えています。オーバーチュアはその後2003年にYahoo!に買収され、Googleと和解します。Googleは、紆余曲折を経て「検索ワード広告」配信システムを取り込み、膨大な売上をもたらす「金のなる木」(Cash cow)へと進化させていったのです。

Google広告と名付けられたGoogleの検索ワード広告は、当初は検索結果ページで簡単なテキスト広告を配信するシンプルなものでした。しかし、過剰に露出せず、あくまでも控えめなキーワード広告は検索ユーザーにもすんなりと受け入れられ、広告パフォーマンスはおのずと高まってゆきました。

Google広告はその後、ディスプレイ広告やYouTube広告などを含む形で多様化し、収益性をさらに高めていきます。直近一年間のGoogle広告の売上高は2645億ドル(約41兆7910億円)に達し、Google売上全体の75%を占めています。

NASDAQへ上場、その成長の秘訣

Googleは2004年8月19日にNASDAQへ上場します。会社設立からわずか6年での上場時の時価総額は230億ドル(当時のレートで約2兆5450億円)、ドットコムバブル破裂後最大規模のIPOとなりました。IPO時の月間ユーザー数2億人、月間検索回数30億回程度と推定されており、誕生から6年を迎えたばかりの企業としては異例の成長と言えます。

一体に、何がGoogleの成長を後押ししたのでしょうか。筆者は、Googleが誕生当初より持っていた「悪になるな」(Don’t be evil)の精神が伝統的に受け継がれてきたことが大きなドライバーになったと考えています。

Googleが誕生した当時、サーチエンジンはすでに複数存在し、サービスを提供していました。当時メジャーとされたサーチエンジンの多くは広告収入獲得を急ぐあまり、過激な広告を掲載するなどユーザーにとって必ずしもフレンドリーな運営をしていませんでした。中には、アダルトサイトやギャンブルサイトへ誘導する広告なども掲載され、多くのユーザーにとって好ましくないとされるものが少なくありませんでした。

Googleは、IPOに際して提出した上場目論見書に記載した通り、「悪になる」ことを徹底的に避けてきました。上場目論見書の中でGoogleは「短期で得られる利益を無視してでも世界にとって善となることを長期的に行う方が、株主を含めた関係者にとってより良い結果をもたらすと我々は固く信じています」と、自らの経営姿勢を明らかにしています。

多くのサーチエンジンが短期の利益を求めて自滅していった中、あくまでも善を行うことを目指したGoogleがユーザーの支持を集め、結果的に勝ち残っていったのです。

一連のM&Aで事業を多様化

Googleは2004年のIPO前後から一連のM&A(企業の買収・合併)を展開、事業を多様化させています。2004年にKeyholeを買収、後のGoogleマップ事業へと成長させます。続けて2005年にアンドロイドを、2006年にYouTubeをそれぞれ買収、傘下に納めています。

Googleが行ったM&Aの中でも、もっともインパクトがあり、もっとも話題を呼んだのは2006年のYouTubeの買収でしょう。2006年10月16日、Googleは設立からわずか18カ月の動画共有サイトYouTubeを16億5000万ドル(当時のレートで約2000億円)の株式交換で買収すると発表し、世間を驚かせました。

サービス開始直後より人気を呼び利用が急拡大していたものの、設立から二年も経過していない名もなきスタートアップ企業の16億ドル5000万ドルという大金での買収は文字通り賛否両論を呼び、喧々諤々の議論を起こしました。しかし、大方の予想に反してYouTubeは成長を続けて世界最大の動画共有プラットフォームに成長、2023年の売上で317億ドル(約5兆円)もの売上をもたらす大の孝行息子となっています。

アンドロイドの買収がGoogleに与えた影響については詳述する必要がないでしょう。2003年の設立当初はデジタルカメラ用ソフトウェア・OS開発を行っていたシリコンバレーの小さなスタートアップ企業は、Googleによる買収後、スマートフォンOS開発へと軌道を変更します。

社名と同じアンドロイドと名付けられたオープンソースのスマートフォンOSは2008年に初代バージョン1.0がリリースされ、爆発的な人気となりました。アンドロイドOSはその後バージョンアップを重ねるごとに搭載デバイス数とユーザー数を増やし、今日では世界で最も普及したスマートフォンOSとなっています。

GoogleのM&Aはその後も継続的に行われ、主なものでは2007年の広告配信システム開発のダブルクリック、2014年の生成AI開発のディープマインドなどが挙げられます。Googleは、ビジネス環境の変化やパラダイムシフトを敏感に察知し、「事業多様化に必要なリソース確保」のために一連のM&Aを行ってきました。そして、現時点のところ、その戦略は正しかったとすべきでしょう。

GoogleからAlphabetへ

2015年8月11日、Googleは新たに持ち株会社Alphabet(アルファベット)を設立し、自らはその子会社となる抜本的な組織改造を発表しました。2015年までにGoogleの事業は本業のサーチエンジンに加えて、自動運転システム開発、生成AIモデル開発、ライフサイエンス、ドローン製造など非常に多岐に渡っていました。多様化が進むGoogleの事業構造は投資家にとって非常にわかりにくくなり、特に「どの事業がどれだけ儲かっているのか」「どの事業が将来有望なのか」を改めて明確にする必要が生じたのです。

新しい組織構造のもとでは、まずAlphabetが上場企業として存在しています。Alphabetの株は普通にNASDAQで売買できます。そしてAlphabetの最大の子会社がGoogleで、主にサーチエンジン、YouTube、アンドロイドの事業を担当します。そして、自動運転システム開発や生成AI開発などの「その他の事業」は、Googleの事業とは別に存在する形になります。

Alphabetという社名についてラリー・ペイジは「様々なビジネスの集合体を表わしています。アルファベットを構成する一つひとつの文字のようにです」と、その意味について説明しています。

まとめ 「善を行う」ことで築かれていったITコングロマリット

これまでの歴史を踏まえてGoogleについて端的に言うならば、「善を行うことで築かれていったITコングロマリット」になるでしょう。ラリー・ペイジが発案し、後にセルゲイ・ブリンが加わった学術プロジェクトに端を発し、スタンフォード大学のインフラを借用して立ち上がったサーチエンジンのGoogleは、「ページランク」でウェブページの信頼性と権威性を確保し、サーチエンジンそのものの信頼性を獲得することに成功しました。またビジネスとしてのGoogleは、検索ワード広告の仕組みを巧みに取り込んで進化させ、大きな収益の柱へと成長させることに成功しました。

サーチエンジンのリーダーとしてのポジションを維持する中、比較的早い段階からYouTubeやアンドロイドなどの重要企業を買収して戦略的事業多様化を進め、その後も自動運転システム開発のWaymo、生成AIモデル開発のディープマインドなどを買収、モメンタムを維持しています。

2015年の持ち株会社Alphabet設立を主とする抜本的な組織改造は、投資家に対するアカウンタビリティを強化するとともに、ポートフォリオマネジメントによる事業経営を広く宣言するものであり、同社の今後の展開を暗示しています。

昨今の生成AIの台頭と普及によるサーチエンジンへの影響を危惧する声も聞かれますが、Googleはしっかりと先端AI「ジェミニ」を開発し、サーチエンジンと連動させるなどディフェンスをしっかりと固めつつあります。今後サーチエンジンからAIへのパラダイムシフトが予想される中、GoogleおよびAlphabetがどのように対応し、進化してゆくのか、今後も期待とともに注目です。

《参考サイト》
How Many Google Searches Are There Per Day? (February)
ガレージから​ Googleplex へ
Planet Google: One Company’s Audacious Plan to Organize Everything We Know
Google Prospectus
Google To Acquire YouTube for $1.65 Billion in Stock
Google buys Android
Google’s Shift to Alphabet: Strategy and Investor Impact

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この記事を書いた人

前田健二

大学卒業後渡米し、ロサンゼルスで飲食ビジネスを立ち上げる。帰国後複数の企業の起業や経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。新規事業立上げ、マーケティング、アメリカ市場進出のコンサルティングを行っている。アメリカのビジネス事情に詳しく、ライターとしてアメリカ発のニュービジネスに関する記事などを執筆、各種ウェブメディアに寄稿している。 米国のベストセラー『インバウンド マーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。