【大学講師と大学生が語るビジネス Vol.1】なぜコカ・コーラは世界一になれたのか?成功を支えた男たち

岩本和代

【登場人物】
りえ講師……31歳の女性。某公立大学講師として勤務。マーケティングのゼミを担当。博識で前向きだが、学生には「りえちゃん」と呼ばれており、中々講師扱いされていないのを気にしている。
こーた……20歳の男性。大学2年生。りえ講師が担当するゼミに所属している経済学部生。真面目さと適当さが絶妙なバランスの持ち主。

りえちゃん、お疲れ様~。コーラ買ってきたよ


ちょっと、ちゃん呼びはやめてって言ってるでしょ


いーじゃん。うちのゼミ、みんな下の名前をちゃん呼びか、君呼びで統一してるし


それは学生側だけでしょ。私は講師なのよ?


そんな細かいことはいいって。ほら、学生の俺の奢りでコーラ飲んでよ


はぁ、あんたと話してると頭痛がするわ。コーラってのもぴったりだし


ん? それってどういう意味?


コーラが、なぜ開発されたのかを知らないのね


開発……? 炭酸飲料水でしょ? よくわかんないんだけど


よし、じゃあ特別に講義をしてあげよう


あー……講義をするなら俺は……


はいはい、帰らないの。何にでも興味を持って学習するのが、学生の本分でしょ


うぇ~。りえちゃんの変なスイッチ入れちゃったよ。はぁ、仕方ないなー聞いてあげるよ


態度としてはおかしいけど、まぁいいわ。コカ・コーラを開発したのは誰だか知ってる?


どっかの企業のお偉いさんじゃないの?


違うわ。薬剤師よ


薬剤師!? え、なんで薬剤師が?


当時は薬用として開発したからなのよ


え、ただのジュースじゃないの?


そうよ。コカ・コーラの前身となるのは、ジョン・S・ペンバートン博士が作ったフレンチ・ワイン・コカという薬用酒だったんだけど、当時突然禁酒運動が始まってしまったのよね


それでアルコールを作れなくなったため、1886年5月に砂糖のシロップをベースにして、コカと混ぜ合わせて作ったコカ・コーラが生まれたというわけよ

あぁ、確かに昔のコーラにはコカが入っていたっていうのは聞いたことがあるけど、本当なんだ。でも、その博士は何でそんなのを作ろうとしたの?


彼は病気を患っていて、モルヒネ中毒になっていたのよ。それを中和するための薬を作ろうとしていた過程で出来たものってことね


だから、頭痛とコーラで反応してたんだ!


そういうこと。まぁ、今のコーラにはコカは入っていないけどね


入っていたら色々問題だよな。ということは博士が、今のコカ・コーラの会社を作ったってこと?


いいえ、それは違うわ。ペンバートン博士は、あくまで開発者であって、会社は作っていない


まぁ、販売はしていたんだけど。アトランタにある「ジェイコブス・ドラックストア」で1杯5セントで売ってたみたいだから

確か、コカ・コーラの会社が設立したのは1892年だったよね


そこは知っているのね


前に何かで見たことがあって


正解よ。でも、ペンバートン博士は1888年にはコカ・コーラの権利を複数の投資家へ分配して売却したのよ


権利を売ったのも胃がんが悪化して資金難になっていたからだし、売った後、その年の8月には亡くなっているわ


ということは、博士はコカ・コーラの会社ができたことも知らなければ、世界中で愛されているジュースになったことも知らないってことか……


じゃあ、会社を作ったのは誰? 権利を買った投資家の誰か?


そうよ。エイサ・キャンドラーという投資家。彼もまた、薬剤師だったみたいね


アメリカってすごいね。日本の薬剤師が、ジュースを販売する企業を作ろうなんて思わないと思うし。なんか薬剤師のイメージが変わりそう


キャンドラーは薬剤師で、薬局経営もしていたの。その時に、ペンバートン博士が販売を始めていたコカ・コーラを飲んで、これは嗜好品として大衆に受け入れられると確信したのよ


一口飲んだだけで、わかるんだ


先見の明がある人だったんでしょうね


でも、コカ・コーラの権利は確か、複数の投資家に売られていたよね?


そうよ。これで商売をしようと考えたキャンドラーは、1888年から1891年にかけて、他の権利者から少しずつ権利を買い取っていったみたいね


あ、だから、権利を持っているのに、すぐに会社を作らなかったってわけか


そういうこと。全ての権利を手に入れ、キャンドラーは1892年に「ザ コカ・コーラカンパニー」を作ったのよ


会社にしたってことは、その時点で全米、そして世界で販売しようとしていたということだね


正解。じゃあちょうどいいから、マーケティングの話もしようか


だんだん講義っぽくなってきたね。キャンドラーはどんなマーケティングをしたの?


キャンドラーは現代のマーケティングの基礎ともいえる画期的な手法を生み出しているのよ。まず初めは、コカ・コーラを全米に知ってもらうことを優先したの


知ってもらうってことは、試飲みたいなこと?


おしい! 無料クーポンの配布よ


おぉ、まぁ今では新しいサービスはまずは無料からっていうのは多いけど……


当時は前代未聞よ。1894年から1913年まで配り続けて、最終的にアメリカ人の9人に1人が受け取ったと言われているの


全米でってことだよね? 日本とは比較できないほどの大きさなのに


さらにはコカ・コーラのロゴ入りのノベルティも、コーラを販売している薬局や消費者にも無料で配ったんだってさ


それも今では普通だけど、当時だと…っていうことだよね? 凄い先行投資してるね


キャンドラーはコカ・コーラが売れると確信していたからこそ出来たことだと思うわ


他にはないの?


まだあるよ。当時、コカ・コーラは薬局に設置されている炭酸飲料サーバーで売られていたんだけど、コカ・コーラと大きく書かれた看板を自分たちで作って、薬局の外壁や店内に設置してもらっていたのよ


そのおかげで、街の景色の一部として、コーラという言葉が定着していったという話もあるわね

これ、本当にどれだけお金をかけてるんだろう。でもそれを回収できるほどすでに売れていたのか、売る気があったってことだもんなぁ


そうね。それとキャンドラーは専属セールスマンも育成して、全米の薬局を回らせたという話もあるわね


キャンドラーって、誰かの真似をしていたわけではないんだよね?


そうよ。彼がコカ・コーラの会社を立ち上げる前にしていた、薬局経営が重要なポイントになっているの


薬剤師として店頭にも立っていたから、お客様の動向を見ることも出来ていたし、薬局経営の習慣を極限まで進化させたものが、彼のマーケティングの手法を生んでいると言えるわね


ってことは独学かー。やっぱりすごい


あとは、ペンバートン博士が最初に売っていたワイン・コカも成功していたんだけど、その手法を徹底的に分析していたというのもあるみたいね


リサーチ力も抜群ってことだね。キャンドラーが大学の先生になったら、学生は喜びそう


ただね、キャンドラーが社長の頃って、コカ・コーラは瓶に入れて売られていなかったのよ


あ、そっか、炭酸サーバーで売ってたんだっけ?


そう、キャンドラー時代は、徹底した原液販売モデルだった


これによって輸送コストを最小限にできたし、アトランタから全米の薬局へと販路を広げることも出来たというのも、認知度を広める手段としては最適だったと思うわ


原液で売っていたってことは、ポーションみたいな形だったってこと?


いいえ。個別にする必要はないでしょ。だから木製の樽に入れて出荷していたみたいね


樽! ウイスキーとか、ワインとか、ブランデーのイメージがあるけど、樽で出荷するなんて、なんかアメリカっぽい


あと、印象操作もしていたのよ


印象? あ、そっか。元々は薬用だったから


そういうこと。キャンドラーは、日常のリフレッシュのために飲むものというコーラのイメージに変えたのよ


確かに。そしてそのイメージは今も続いているし


他にもコカ・コーラのロゴを徹底的に統一したってのもあるわね。どんなに小さなロゴでも、どんなに大きなロゴでも、比率も形も変えないという徹底ぶりだったらしいわ


今はそれが普通だけど、やっぱり当時は違ったんだろうね。すごいなーキャンドラーって。でも彼はいつまで社長をやっていたの?


キャンドラーが社長だったのは、1892年から1916年までよ。彼が65歳の頃ね


それは年齢的にってこと?


いいえ、実は、1916年にアトランタ市長に選出したからよ


えっ! 市長になってたの!?


そうなの。1918年までだけどね


なんか本当にすごい人だったんだな。じゃあ、コカ・コーラの会社はその後、キャンドラーの子どもが後を継いだってこと?


キャンドラーはそのつもりだったんだけど、子どもたちは経営権を貰ったとたんに、2500万ドルでアーネスト・ウッドラフがいる投資家グループに売っちゃったのよ


キャンドラーにも相談をしていなかったから驚いていたし、世の中も驚いたはずよ

2500万ドルって、今で言うと?


数千億円ね


……その金額があったら確かに経営よりも、お金を取りたくなるかも


キャンドラーの子どもたちもそう思ったんでしょうね。キャンドラーは経営に命を懸ける人だったけど、子どもたちは違ったってことが大きいんでしょうね


なるほどなー。でも、博士からコカ・コーラの権利を買って、他の人の権利も集めて、会社を作って、先行投資をして会社を大きくしていったのに……


自分が市長になっている間に売られてしまうっていうのは、どういう気分なんだろう


そうね。でもね、買収をしたアーネストの息子ロバート・ウッドラフっていう人が、1923年に社長に就任するんだけど、その人は今も偉大な社長と呼ばれているのよ


そんなに凄い人だったの?


ロバートは、コカ・コーラを「飲み物」から「世界的なアイコン」に進化させたと言われているわ


アイコンって、どういうこと?


それを見ただけで、世界中の誰もが同じ価値観や文化を連想できるってことよ。例えば、ボールペンを見ただけで紙に書くことができるって知っているっていうのと同じね


あぁ、そういうことか。コカ・コーラのロゴや瓶を見ただけで、それがどんな味なのか、どんな飲み物なのかを世界中の人が理解しているってことだね


確かにそれってすごいことだよな……


それをしたのが、ロバートよ。しかもコカ・コーラを飲むことは、幸せだし、友人や家族と一緒に飲むものだし、リフレッシュできるものというポジティブなイメージも全世界に広めたの


確かにそれはすごい


ロバートがしたことはいくつもあるんだけど、その中で最も影響力が大きかったのは、第二次世界大戦ね


彼は、「軍服を着たすべての男女に、場所を問わず、会社が赤字になっても1本5セントで提供する」と宣言しているのよ


えっ、なんでそんなことを? 戦争に対して好意的だったってこと?


いいえ、これも経営戦略の一つよ。戦場でのコカ・コーラが癒しの時間になった兵たちは戦後、コカ・コーラをどう思うようになったと思う?


あぁ、そういうことか。そんなの絶対、好きになってる


そういうこと。彼らは熱狂的なコーラのファンになっていたし、軍が駐留していた世界各地のインフラが残っているから、世界進出の土台が完成したのよ


はぁー。確かにそれはちょっと、他の人たちとは規模の違うことをしてるね


あとは、コカ・コーラは氷のように冷たくなければいけないというのを徹底させたの。つまり品質の徹底管理ね


それまではぬるいコーラを出す店もあったってこと?


そういうこと


確かにぬるいコーラじゃ、リフレッシュできないもんなー


他にも家庭用の6本パックを販売したというのもあるわ。お店で飲むものではなく、自宅でも飲めるものに変えたということね


ロバートが社長の時から始まったんだ。家でも飲めるコーラって


あとは、この時に海外でのフランチャイズ化の拡大かな。現地資本で、製造・販売を行なえる仕組みづくりを加速させたのよね


フランチャイズかぁ。ねえ、りえちゃん。コカ・コーラカンパニーを大きくすることに貢献したランキングをつけるとしたら、歴代の社長のうち誰が一番なの?


それは勿論、ロバートよ。そして2位がキャンドラーかな。次の人を上げるとしたら、3位はロベルト・ゴイズエタね


その人はいつの時代の人?


1981年から1997年ね。伝説の経営者とも言われているし、ペプシと戦った人よ


おぉ!! それはすごく熱い戦いだっただろうな


歴史の長い企業だと、要所要所でやっぱりすごい経営者って出てくるんだけど、とりあえず最初は、キャンドラーとロバートがしたことを学ぶだけでも十分意味はあると思うわ


確かにそうだね。キャンドラーは権利をまとめて会社を作ったし、近代マーケティングを生み出した人でもあるもんなぁ


それと、原液販売モデルを確立させたわね


そしてロバートは、第二次世界大戦を活用して世界展開をして、品質管理を徹底した


それと家でも飲めるようにしたってことね。……何で両方とも、3つ目を忘れるのよ


あはは。いや、でもなんか面白い話だったなー


ちょっと、それで終わらさないでよ。講義だって言ったでしょ? ちゃんとレポート出しなさいよ


え~、それはかんべんだよ、りえちゃん~

【参考資料】
コカ・コーラの始まり、歴史|日本コカ・コーラお客様相談室(公式)
コカ・コーラ|製品情報(公式)
歴史アーカイブ(公式)
『コカ・コーラ 帝国の興亡(原題:For God, Country, and Coca-Cola)』(マーク・ペンダグラスト著)
エイサ・キャンドラー関連資料(エモリー大学アーカイブ)など

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この記事を書いた人

岩本和代

2016年よりフリーのライターとして活動中。 インタビュー取材、シナリオ執筆を得意としており、幅広く執筆をしている。