【米国スタートアップ列伝 Vol.4】火星移住の夢を追って「SpaceX」

前田健二

SpaceX(スペースX)は、起業家イーロン・マスクが2002年に立ち上げたロケット・宇宙船開発企業です。火星への人類移住を実現させたいと願っていたマスクの夢を実現するべく立ち上がった会社は、民間企業として世界で初めてISS(国際宇宙ステーション)とのドッキングを成功させるなど、数々の記録を打ち立てています。SpaceXはどんな会社で、どのように成長してきたのか。SpaceXのこれまでの歴史をまとめました。

PayPalを追われたイーロン・マスクの「次の仕事」

スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ・コーポレーション(Space Exploration Technologies Corporation)通称SpaceXは、2002年3月に起業家イーロン・マスクがカリフォルニア州エル・セグンドに設立した会社です。

2000年の終わり頃、仲間と設立したネット決済企業PayPalを追放されたマスクは、次の仕事に何をしようかと思案していました。ある時NASAのホームページを見ていたマスクは、そこに火星への有人飛行計画の情報がまったく載せられていないことに驚きました。火星へ人間を送るという具体的な計画に興味を持ち始めたマスクは、火星への移住を目指す非営利団体マーズ・ソサエティに加入し、同団体に経済的な支援を開始するとともに間もなく同団体の役員に就任します。

マーズ・ソサエティの会員として活動する中、マスクは別の会員で宇宙工学エンジニアのジム・キャントレルを紹介されます。キャントレルはマーズ・ソサエティの技術アドバイザーで、火星で植物の生育を目指すプロジェクト「火星オアシス計画」のメンバーでした。マスクとキャントレルは意気投合し、マスクも火星オアシス計画に合流しました。

火星オアシス計画の主なテーマの一つは、宇宙船を乗せる打上げロケットの確保でした。マスクと仲間たちは旧ソ連が製造した大陸間弾道ミサイル(ICBM)を中古で入手し、ロケットへ転用すればコストを大幅に下げられるというアイデアを思いついたのです。

ロシアでICBM調達を計画するも断念、SpaceX設立

マスクは実際にロシアからICBMを調達するべく、二度ロシアを訪問しています。しかし、ICBMを管理しているISCコスモトラズ社との交渉の結果、ICBM一基あたり800万ドル(当時のレートで約9億7600万円)が提示されます。旧型の古びたICBM一基に800万ドルの値が付けられたことに驚いたマスクは、その後も交渉を継続するも最終的には購入を断念します。

旧ソ連製ICBMの購入を諦めたマスクは、旧型ミサイルに高額の値を付けられるのであれば、いっそのこと自分たちでロケットを作れないかと考え始めます。2002年3月、火星探査機打上げロケット開発を目的にマスクは新会社SpaceXを設立、同社の歴史が正式にスタートします。

創業メンバーには火星オアシス計画でマスクと一緒だったジム・キャントレルも含まれていました。ロサンゼルス近郊の街エル・セグアンドのオフィスに集まったのはエンジニアを中心にした10数名の仲間たち。フラットな組織の典型的なスタートアップ企業としてSpaceXはスタートを切りました。

最初のロケット「ファルコン1号」が完成

マスクがSpaceXを立ち上げた当初、同社にはロケット本体を始めロケットの設計図やコンセプトなども何も存在しない、まったくの「ゼロ」の状態でした。SpaceX立上げの前後に当時の宇宙産業について徹底的なリサーチを行っていたマスクは、アメリカのロケット製造業が旧態依然とした業界であり、非常な高コスト体質になっていることを見抜いていました。それゆえ、マスクは立上げ当初からロケットづくりをIT業界で用いられている反復・漸進型開発方式(Iterative and Incremental Development)で行おうと決めていました。

マスクらが心血を注いで作ったロケットは苦労と試行錯誤の末見事完成し、ファルコン1号と名付けられました。映画スターウォーズの大ファンのマスクが「ミレニアムファルコン号」から名付けたとされています。

ファルコン1号は全長21.3メートル、最大ペイロード670kgの二段式液体燃料ロケットです。民間企業が開発した初の軌道投入に成功した液体燃料ロケットとなったファルコン1号は、何よりも打ち上げコストが圧倒的に安いのが特徴です。反復・漸進型開発方式で開発された結果、開発コストが大幅に低下し、一基あたりの打ち上げコストは600万ドル(当時のレートで7億3200万円)程度とされています。

記念すべきファルコン1号の最初の打上げは2006年3月にアメリカ領マーシャル諸島クウェジェリン環礁で行われました。しかし、打上げ直後に燃料漏れが発生、打ち上げは失敗に終わりました。その後2回目、3回目と失敗が続き、2008年4月の第4回目の打上で初めて成功、世界初の民間企業による地球周回軌道への人工衛星の投入に成功しました。

ファルコン1号はその後の5回目の打上にも成功し、SpaceXに売上をもたらす収益源として機能し始めました。打ち上げ成功前に三度の失敗を続けていたSpaceXに対しては、資金枯渇により経営破綻するのではといった噂も出ていたのですが、それを見事に打ち消したのです。

SpaceXがロケットを安く作れるワケ

ファルコン1号の打ち上げ成功により、民間ロケット製造業者として宇宙産業に新規参入を果たしたSpaceXですが、何と言ってもその最大の武器は低コストでロケットを作るノウハウにあるでしょう。では、SpaceXはなぜロケットを安く作れるのでしょうか。

ファルコン1号開発に際して、マスクは反復・漸進型開発方式で行うと決めていたのは前述の通りですが、多くの関係者がさらに指摘するのが、SpaceXの垂直統合によるロケットづくりです。

垂直統合(Vertical Integration)とは、企業がバリューチェーン(原材料・部品調達から製造、販売の一連のプロセス)の各ステップを内製化し、一貫して管理する製造スキームです。身近な例ではユニクロによるSPA(企画から製造、販売までを一貫してユニクロが行うスキーム)が挙げられますが、SpaceXは、ロケット本体はもとより、ロケットに搭載するエンジンやアビオニクス(飛行制御機器)などの重要パーツもすべて内製化し、生産スピードを最大化しつつコストを抑えることに成功しました。

従来のロケット製造の現場では、ロケット本体とロケットエンジンとは完全に分離して製造されるのが慣例で、ロケットエンジンは外部の専門メーカーに委託して製造してもらっていました。その結果、ロケットエンジンの製造コストは上昇し、コミュニケーション不足などによって納品リードタイムも相応に長くなりました。SpaceXは、そうした「分業」が常識とされていた世界に垂直統合スキームを持ち込み、反復・漸進型開発方式をフル活用して宇宙産業における「価格破壊」を実現したのです。

ファルコン9号の登場

ファルコン1号の5回目の打上が成功した年の翌年2010年6月、SpaceXはファルコンロケットの新シリーズ「ファルコン9号」の打上を開始します。ファルコン9号はファルコン1号よりも大型の二段式液体燃料ロケットで、全長53メートル、軌道投入能力約22.8トンの、サイズと打ち上げ能力において前シリーズを大きく凌駕しています。

サイズと能力アップに加えてファルコン9号最大の特徴とされるのが、ファルコン9号の第一段ロケットが再利用可能(Reusable)であることです。これまでの一般的な使い捨て型のロケットとは違い、ファルコン9号の第一段ロケットは打上げのタスクを終了すると、自力で打ち上げ台へ戻ってくるのです。ロケットが「再利用可能」になることでロケットの打ち上げコストが大幅に削減でき、ファルコン9号の登場によって世界のロケット打上げの価格相場が下がったとされています。

例えば、これまでの同クラスのロケットの一回あたりの打上コストは1億ドル(約158億円)から4億ドル(約632億円)程度とされていました。一方、ファルコン9号の一回あたりの打上コストは7400万ドル程度(116億9200万円)と、従来の安値価格の七割程度の水準です。

業界の価格相場を何らかの経営イノベーションで破壊して価格を下げる戦略を「プライスバスター戦略」と呼びますが、マスク率いるSpaceXは、これまで国家主導で行われてきたロケット製造の世界に反復・漸進型開発方式や垂直統合スキームといった革新的な手法を導入し、さらには再利用可能ロケットというゲームチェンジャーを誕生させて「宇宙産業の価格バスター」となることに成功したのです。

バージョンアップを重ねて進化を続けるファルコン9号

ファルコン9号はその後、バージョンアップを重ねて進化を続けていきます。2013年にはエンジンを強化したファルコン9号v1.1が登場、2015年12月に第一段ロケットの打上台への帰還に初めて成功します。2017年には帰還した第一段ロケットの再利用に初めて成功し、「ロケットの再利用」の時代の幕を開けます。

2020年には有人宇宙船「クルードラゴン」の打上と初飛行に成功し、民間企業による初の有人宇宙飛行の金字塔を打ち立てます。クルードラゴンの打上と飛行の成功により、2011年来途絶えていたアメリカのロケットと宇宙船による有人宇宙飛行が再開されたのです。

現在、ファルコン9号はブロック5までバージョンアップが進み、現時点までに300回以上打上げられています。打上成功率は98%に達し、世界で最も信頼できるロケットのひとつと評価されています。直近の年間打上回数は100回近くに達しており、今後さらに増加する見通しです。ファルコン9号はSpaceXにとって、大きな売上をもたらす「金の成る木」に成長したのです。

噂されるIPO

そんなSpaceXですが、現在噂されているのがIPO(株式公開)です。ロイターの報道によると、SpaceXのIPO直後の時価総額は1.5兆ドル(約237兆円)から1.75兆ドル(約276兆円)程度と見込まれており、株式市場の歴史において最大規模になることが有力視されています。

24年前の2002年にイーロン・マスクが仲間数人と立ち上げたスタートアップ企業は、間もなく人類史上最大規模のIPOを果たすことになりそうです。噂されているSpaceXのIPOの予定日ですが、早ければ今年2026年夏頃に行われる見込みです。

SpaceXスターシップ

SpaceXは現在、大型有人宇宙船・ロケットのSpaceXスターシップ(Starship)を開発中です。スターシップは全長121メートルの超大型有人宇宙船・ロケットで、スターシップ宇宙船と打上ロケットがセットになったものです。宇宙船も打上ロケットもともに再利用可能であり、打上コストを大幅に削減出来ます。正式に運用が始まれば、NASAが計画している月探査計画「アルテミス計画」や、将来行われる火星探査などに使われる見通しです。

マスクがSpaceXを立ち上げた理由は、マーズ・ソサエティが目指したように、火星への人類移住を実現することでした。スターシップの登場により、マスクの本来の夢がいよいよ実現に向かって進み始めるのです。

まとめ・アイデアと情熱がニュービジネスを生み出す

PayPalを追放されたイーロン・マスクが「次の仕事」として参加した火星への人類移住を目指すプロジェクトに端を発し、旧ソ連製ICBMを購入しようとして頓挫し、自らロケットを開発するべく立ち上がったSpaceX。立上げ前後から宇宙産業に関するリサーチを行い、その高コスト体質を見抜いて反復・漸進型開発方式や垂直統合スキームといった革新的な手法を導入し、さらには再利用可能ロケットというゲームチェンジャーを実現させて業界の「価格バスター」としてのポジションを獲得することに成功。その成長モメンタムは今後も衰えることはなさそうです。

実際にロケット打上げの低価格を武器に市場シェアを拡大させ、今では世界で最も多くロケットを打上げる企業へと成長。今年夏にも実施されると噂されているIPOでは、最大で1.75兆ドルの時価総額が見込まれる人類史上最大規模のIPOを果たすことになると予想されています。

SpaceXの誕生から今日に至るまでの歴史は、新たな事業を立ち上げる際に起業家が持つアイデアとアイデア実現に向けて注入される情熱がいかに大事であり、かつ成功のための必要条件であることを教えてくれています。

現在、日本を含む世界各国で宇宙を目指す宇宙ベンチャー企業が続々と誕生しています。中には、早くも志半ばで潰えたものも少なくありません。そうした企業の中には、資金的に息詰まるとともに、「情熱」が枯渇して事業が頓挫したケースが少なくないように見受けられます。イーロン・マスクも、ファルコン1号を成功させるまでに三度の打上失敗を、そして、ファルコン9号のロケット再利用を確立するまでに相当数の失敗を経験しています。

しかし、マスクの夢の実現のために注がれた情熱の投入は途切れることはなく、結果として事業の継続につながりました。ひとつのビジネスを作り上げる上で情熱がいかに大切であるかを、SpaceXの物語は語っています。

次へ▶近日公開予定

前へ▶【米国スタートアップ列伝 Vol.3】善を行う世界最強のサーチエンジンGoogle

《参考サイト》
SpaceX公式ウェブサイト
Rockets of SpaceX
SpaceX Increases Falcon 9 Launch Prices to $74M – Rideshare Now $7,000/kg
SpaceX files for IPO, sources say, offering investors stake in Musk’s space ambitions
Starship of SpaceX

\この記事をシェアする/

この記事を書いた人

前田健二

大学卒業後渡米し、ロサンゼルスで飲食ビジネスを立ち上げる。帰国後複数の企業の起業や経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。新規事業立上げ、マーケティング、アメリカ市場進出のコンサルティングを行っている。アメリカのビジネス事情に詳しく、ライターとしてアメリカ発のニュービジネスに関する記事などを執筆、各種ウェブメディアに寄稿している。 米国のベストセラー『インバウンド マーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。