【登場人物】
りえ講師……31歳の女性。某公立大学講師として勤務。マーケティングのゼミを担当。博識で前向きだが、学生には「りえちゃん」と呼ばれており、中々講師扱いされていないのを気にしている。
こーた……20歳の男性。大学2年生。りえ講師が担当するゼミに所属している経済学部生。真面目さと適当さが絶妙なバランスの持ち主。りえちゃんはお気に入りの先生でもある。
あー!!失敗したー
わっ、急に大声上げないでよ
あぁ、ごめんごめん。連鎖が上手くいかなくてさー
連鎖?
うん。パズドラやってたんだよ
あぁ、スマホゲームよね
そうそう
今は何の時間か知ってる?
え? ……ゼミの補習時間
で、何をしてたって?
りえちゃ~ん、笑顔が怖いよ~
まぁいいわ。そんなにパズドラが好きなら、ガンホーの話をしてあげる
ガンホーって、パズドラの運営会社だよね
そうよ。それでガンホーは元々誰が何のために作った会社だと思う?
誰が何のため? そういえば創業者は知らないな。でもゲーム会社でしょ
いいえ。元々は別の名前の会社で、インターネットオークションをするための会社として立ち上げたのよ
へー! 何て名前だったの?
オンセール株式会社よ。1998年にできてるわね
あぁ、だったら俺は生まれる前だから知らないのか。りえちゃんは生まれてたけど
ケンカを売ってるのかしら?だったら買うけど?
ごめんなさい。笑顔で圧かけるのやめて汗
さて、このオンセール株式会社を作った人はとても有名なんだけど、わかる?
俺でも知ってる?
もし知らなかったら自主退学してほしいわね
あ、ということは、マーケティングを勉強していたら絶対知っている人なんだ
えぇそうよ。だから、オンセール株式会社もしくは、ガンホーを作ったのが誰かを知らないという時点で……この先は言わなくても分かるわね?
ごめんなさい
答えは孫正義よ
えっ! そうなの!?
当時のソフトバンク株式会社の社長でありながら、彼はオンセール株式会社も作ったのよ
これは……確かに知っていなきゃいけない話だね
えぇ、だから知らないってどういうことなのかは気になるところね
あはは。今日のりえちゃん怖い。でも、ソフトバンクの中で作らずに、別会社を立ち上げたのは何でなの?
これは憶測になるけど、このオンセール株式会社は米国のOnSale社から40%の出資を受けているのよ
そうなんだ!確かに、他社から出資を受けるなら自社内ではできないか……
それにこういう経営手法って、ソフトバンクは他の会社でもやってるわ
そうなの?
ゼミの時にも話したけど、Yahoo!Japan株式会社よ。米国の最先端インターネットビジネスを日本に持ってくるときは、そうやって別会社を作ってたってわけね
な、なるほど。所々怖いけど、わかったよ
ここで問題なんだけど。孫正義がしていた米国で成功しているインターネットのビジネスモデルを、まだ普及していない日本に持ち込んで市場の先行利益を得る経営方法を何ていうか覚えているかしら?
う……。それ、この前もテストで出たような……
うふふ
ノートを見ていい?
どうして?
だから怖いって、りえちゃん……
じゃあ、何も学習していない生徒のために正解を言うわ
ごめんなさい
答えはタイムマシン経営よ
あぁ!それかぁー!SFじゃないんだからって思ったやつだ
Yahoo!Japanを作ったのはオンセールの2年前の出来事で、孫正義はここで大成功をしているの。だから、オンセールも上手くいくと思っていたのよ
でも、それがガンホーになっているってことは……
そう、大失敗したの。
競合他社がいたとか? ネットオークションが有名だったのって確か……あ!ヤフオク!
そこは覚えていたのね。そう、ソフトバンクの筆頭子会社であるYahoo!Japanが1999年にヤフオクを開始して、結果的にオンセールの息の根を止めることになったのよ
ヤフオクって、その当時はどれぐらいのシェアだったの?
日本国内シェアは9割よ
あぁ、それは太刀打ちできないね。でも、そこからどうしてガンホーに?ジャンルは全く違うよね?
その前に、一つ覚えておきたいのは、オンセールの初代社長は孫正義ではないということ
違うんだ
孫正義は作っただけだからね。佐々木経世って人が初代で、2000年8月から孫泰蔵になってるんだけど、この人は孫正義の弟よ。孫正義は次男、孫泰蔵は4男で15歳も歳が離れてるわ
2000年って、もうヤフオクが出てるから、厳しい時に社長になったんだね
そういうことになるわね。2002年にはオークションから完全撤退することを決めているし
それは辛かっただろうな……
でも、孫泰蔵は正義の弟ということもあって、このままでは引き下がれないと思ったんでしょうね。新しい事業の種を探すために世界中を飛び回ったのよ
すげー行動力!
そして出会ったのがオンラインゲーム
お!きた!
当時、韓国でインターネットカフェを中心にオンラインゲームの市場が爆発的に急成長していたのよ。特に韓国のゲーム開発会社であるGravityが開発中だったPC用オンラインゲーム「ラグナロクオンライン」に目をつけたの
ラグナロクオンラインは知ってる!
そのゲームの日本国内における独占運営権を交渉して勝ち取り、社名変更。ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社にして、ゲーム企業へ業種を転換したの。そして2002年12月に正式サービスを開始。これが熱狂的な大ヒットになって、ガンホーの業績を急回復させ、業態転換からわずか3年未満で大阪証券取引所ヘラクレス市場……後のジャスダックね、そこに株式上場を果たしたのよ
22年4月の東証市場再編に伴い市場区分が「プライム」「スタンダード」「グロース」へ移行されたことに伴い、ジャスダックの名称は廃止。旧ジャスダックに上場していた企業は、現在の「スタンダード市場」または「グロース市場」のいずれかに移行・統合されています。
すごい! さすが孫正義の弟! でも、ガンホーの社長って他の名前だったような……
えぇ、彼は2004年1月に会長職に移動し、さらに2016年に会長もやめて、2020年に取締役も辞任し、現在は大株主として存在しているだけになっているからね
じゃあ、2004年からは誰が社長になったの?
2001年11月に入社をしていたゲームクリエイターの森下一喜よ。入社した時から経営には携わっていたみたいね
でもたしか、パズドラって2012年リリースだったから、これを作り出したのは森下社長ってこと?
そうよ
ということは、孫泰蔵はオンセールをガンホーという名前に変えて、ラグナロクオンラインで一山あてた人物ってことだね
ちなみに、「ガンホー」という言葉には、熱心なとか熱烈なとか協力するという意味があるんだけど、オークション事業の失敗を前にしているけど、これからはゲーム事業でみんなで頑張ろうという意味を込めているという話もあるわね
なんか運動部の試合前の円陣みたいだね
そうね
で、ラグナロクオンラインで一気に会社を盛り上げて、あとは森下さんにバトンタッチするっていうのって、改めて考えるとカッコいいかも
森下一喜は森下一喜で、凄い人だけどね
パズドラを生み出したんだもんなー。これはどうやって生み出したの?
森下一喜も危機感を感じて、動いたのよ
ラグナロクオンラインはすごかったんじゃないの?
確かに彼が社長になった2004年は良かったかもしれないけど、2010年から2011年にかけて、世の中はガラケーからスマートフォンに急激にシフトしていたの。でも当時のガンホーはスマホ向けゲームのヒット作がなかったのよね。そこで森下社長自らが企画の総指揮を執る形で、これまでにないスマートフォン向けの本格ゲームの開発を始めたってわけ
あれって社長自らが先頭に立ってたんだ。ってことは、かなり本腰だったってことだね
そうよ。社運をかけた戦いと言ってもいいわね
おぉ!
この時に3つの絶対ルールを作ったの。なんだと思う?
なんだろう?
ちょっとは考えなさいよ!1つ目、ポチポチゲーからの脱却。当時はただ画面をタップするだけのゲームが主流だったのよ。それで、触って面白いパズルのアクション性を追求したの
あー、今もまだたまにあるよね。ポチポチゲー。すぐに飽きるけど
2つ目は徹底的な画面のレスポンス……つまり操作感のよさね。3つ目は課金しなければ勝てない作りにはしないってことよ
へー!でも企業としては、課金してもらわないとお金にならなくない?
課金するユーザーは、放っておいても課金するわ。無料で遊ぶユーザーを増やすことで、名前が売れて、課金するユーザーも自然と増えると考えたのよ
あぁ、確かに、クラスの子が全員やってたら、誰よりも強くありたいって思う人も出てくるだろうなー
そうやって、2012年2月にアイフォン向けにリリース。アンドロイド版は同年の9月にリリースしていて、2013年を迎えるころには、日本のスマホユーザーの多くがプレイをしているぐらいの社会現象を巻き起こしたの。そして、2011年12月期の売上高は約96億円だったけど、2013年12月期の売上高は約1630億円。一時期は任天堂の時価総額を超える歴史的快挙を成したのよ
すげー!任天堂を超えたんだ!まぁ、任天堂は絶対王者だから、ずっと勝ち続けるってのは無理だろうけど、それでも一度でも勝てたなら凄いことだよね
ところで、これで終わった気になっているみたいだけど、まだ話は続くわよ
え?そうなの?なんか大きな出来事ってあったっけ?
私は何のゼミの講師だったかしら
あ……
じゃあまず、孫泰蔵が社長だった時代に行われていたマーケティングについてよ
これはまた後でレポート提出になりそうな……
どこに行くのかしら?話はちゃんと最後まで聞きましょうね
うぅ、やっぱり笑顔が怖い……
ラグナロクオンラインを日本に持ってきた時、実はまだ日本ではオンラインゲームという言葉自体が世間に浸透していなかったの。だから、無料オープン ベータテストを行ったのよ
無料オープンベータテストって何?
正式サービスを始める前に、無料で遊べる期間を設けたってことよ。当時は、ネットゲームに課金するというのはハードルが高かったの。だからこそ、無料期間を作ったというわけ。でもそのおかげで、正式サービス開始前の時点で、登録アカウントは100万件を超えるという異例の事態になったのよ
100万人も無料で遊んでいる人がいれば、正式リリース後有料になっても、全員が辞めるとは考えられないから、課金をするってことか。
そういうこと。次に行っていたのが、ソフトバンクグループのYahoo!BBとのクロスマーケティングよ。この当時、ソフトバンクは高速インターネット回線Yahoo!BBのモデムを街頭で無料配布して、日本のブロードバンド化を急速に進めていたの。だからそこに乗っかって、Yahoo!BBユーザーであれば、無料体験期間を延長するという施策を取って、どちらのユーザーも確保するという導線を作ったわけ
頭がよすぎる施策だね
そして3つ目は、日本独自のキャラクターを作って、テレビCMをしたり、日本の有名イラストレーターを起用して公式イラストを展開したり、アンソロジーコミックなどのメディアミックス展開をして、誰もが親しみやすいゲームに変えていったのよ
はー!さすが孫正義の弟だね。じゃあ、森下社長の時代になってからは何をしたの?
森下社長のパズドラのマーケティングは、徹底的な口コミよ
え?口コミだったの!?
広告もすぐには打たずに、リリース後もじっくりとユーザーの声を聞きながら、ゲーム自体のクオリティを高めていったの。パズドラが実際にCMを打ったのは、リリースしてから約8か月後だもの
8カ月……それなのに、あんなに騒がれてたんだ。でも口コミだけで広げることができたってことは、それだけ内容が良かったというふうにも取れるのか……
そうね。そして、満を期して出したテレビCMはゲーム画面を直接見せるのではなく、中世ヨーロッパを模した世界を舞台に、パズドラがどのようにして生まれたかをコミカルな実写とCGを交えて描くという演出をしたの。つまり世界観を見せたってことね
それは覚えてる。俺が中学生の頃の話だし。確かにあのCMは印象的だったなー
中学生……
ん?
なんでもないわ。他にやっていたのは、運営型のゲームにしているから、ユーザーが飽きないように新しいモンスターを追加していったり、ゲームバランスの調整をしたり、ということを毎月行って、一度捕まえたユーザーを絶対に離さないというリテンションマーケティングをしたのよ
リテンションって維持って意味だったよね。これはさすがに覚えてる
あとは、有名なアニメやゲームとの積極的なコラボレーションをしたり、2014年になるとCMに嵐を起用したりしていたわよね。嵐が活動を休止した後は、二宮和也単体で使ったりもしていたし。10周年以降もCMを打ち続けているというのも、長期運営型ゲームのリテンションマーケティングをしているってことよ
たしかに……認知度を上げるためのCMというより、パズドラのCMがあるのが当たり前みたいな感覚もあったもんなー
そうね。さて、今日はこんなところにしておきましょうか
……このあとって、やっぱり……?
もちろん、レポートを書いてもらうわ。私にしゃべらせたんだからね
ですよねー……はぁ
《参考資料》
ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社/企業情報・沿革・社名の由来(公式サイト)
ソフトバンクグループ株式会社(公式サイト)
ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社/IR情報(公式サイト)
日本経済新聞/電子版・アーカイブ報道(公式サイト)
Yahoo! JAPAN/企業情報・歴史(公式サイト)
この記事を書いた人
岩本和代
2016年よりフリーのライターとして活動中。 インタビュー取材、シナリオ執筆を得意としており、幅広く執筆をしている。





























