キリン創業物語【第2話|ジャパン・ブルワリー・カンパニー編】タルボットとアボット

岩本和代

【主な登場人物】
ウィリアム・コープランド
ウィリアム・ヘンリー・タルボット(主役)
エドガー・アボット
トーマス・ブレーク・グラバー
米井源治郎

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▼キリン創業物語【第1話|スプリングバレー・ブルワリー編】ビールに情熱をかけたノルウェー人

 私はイギリス出身だが、働くようになってからの記憶といえば、そのほとんどは日本にある。1870年。横浜にある居留地内に家を構え、負債の処理を一任されるような役職で、法律的知識を持って実務に当たっていた。私の仕事は、常に分厚い本と机に向かっていることがほとんどだ。
「今日の仕事はここまでか」
 そんな私の楽しみといえば、仕事終わりのパブだ。居留地内にはパブがいくつかあり、仕事が終われば男はみんなそこに通っていた。みんなで飲むのは楽しい。無責任なばか話をしながら、笑っていればいいのだから。しかし、一つ問題がある。それはビールがマズいということだ。
 イギリスにいた頃から気軽に飲んでいたビール。それが日本に来たとたん、価格は高いし、味はまずくて最悪だ。しかし、仕事終わりはビールと決めているので、仕方なく飲んでいる。
「今日もビールがマズいな」
「本当にな。これさえなければ、日本もまだ快適なんだけどな」
 私の小言に付き合ってくれているのは、私と同じくイギリス出身のエドガー・アボットだ。本職は船舶仲立人や証券関係のビジネスをしているが、スポーツ関係にも明るい人間。パブで一緒になることが多く、気が付けば二人でビールを飲みながらダラダラと話をしている。
「こんなまずいビール、親父だったら怒り狂ってるよ」
「あぁ、エドガーの親父はビール醸造会社を経営していたんだっけ?」
「そうだよ。だから、いつも新鮮でうまいビールが飲めたんだ。それなのに……」
「仕方ないさ。日本にはビールの醸造所がないんだし」
「そうだよなー。あの味は本場じゃなきゃ出せないかー」
 エドガーとそんなことを話すのも、もう何度目か分からない。それほど、ビールに対しての不満があったということだ。
 ビールに対する不満があるのが日常だったのが変わったのは、この横浜にスプリングバレー・ブルワリーができてからだ。そこで作ったビールをパブで飲めるようになり、俺たちは驚いた。
「これは……!」
「これだよ、これ! 俺が求めていたビールは!!」
 ずっと待ち望んでいたうまいビールが日本でも飲めるようになったのだ。
「いや、ビール工場ができたという噂は聞いていたが、これまでのビールがひどかっただけに……」
「わかる。期待をしないでおこうと思って、話題にもしなかったんだろう」
「あぁ、そうだ。でもこれからは、うまいビールが飲めるんだ」
「こんなに嬉しいことはない!」
 私とエドガーはスプリングバレー・ブルワリーのビールをすっかり気に入ったのだった。

 それから数年がたち、1880年。私は横浜の英字新聞社「ジャパン・ガゼット」の編集者兼共同オーナーとなった。そこで飛び込んできた情報は、スプリングバレー・ブルワリーの訴訟問題だ。記者に何が起きているのかを調べさせた。
「技師から訴訟を起こされたのか。何とか勝訴はしたようだが、かなりの資金を使ったんじゃないのか?」
 そんなことを心配していると、記者から続報が入った。今度は事務員から訴訟を起こされたというのだ。
「おいおいおい、嘘だろ。今度は何が問題なんだ」
「それが、事務員は給料の未払いがあるとかで訴訟を起こしたらしいですね」
「給料の未払い? それが本当なら、どんな理由があるにしろ、支払いを命じられるだろうな。しかし給料の未払いなんて……」
 私は技師との裁判で、スプリングバレー・ブルワリーの資金がもうほとんどなくなっているということに気づいた。
「ということは、これは近いうちに倒産する恐れがあるな……」
 スプリングバレー・ブルワリーは数年前からビヤガーデンを作っており、日本人にもビールを提供していた。そこで見る限り、ビールは日本人にもウケることは間違いない。それなのに内部のゴタゴタで企業が倒産するというのは、よくある話ではあるが……。
 そんなことを考えていると、案の定、スプリングバレー・ブルワリーは倒産をした。
「おい、エドガー。俺とスプリングバレー・ブルワリーを見に行ってみないか?」
「え? あそこは倒産したんだろ?」
「あぁ、だが今、競売にかけられているんだよ」
「そうなのか? でもそれでどうして見に行くって話になるんだ?」
「まぁまぁ、いいから。明日の昼、一緒に行くぞ!」
 こうして俺はエドガーを誘って、競売にかけられている元スプリングバレー・ブルワリーへ行くことにした。

 翌日。スプリングバレー・ブルワリー跡地に行くと、そこはビール好きが情熱を持って立地を決め、建物を建てたということが分かるものだった。
「工場の中はこうなっていたのか……」
「あぁ、ここで、あの美味いビールが作られていたんだな」
 今は建物にも機材にも競売という張り紙が貼られている。
「だが、ここの醸造機械や設備はすでに購入されているんだ」
「え? もう、売約済みなのか?」
「あぁ。東京の中野に住んでいる実業家、浅田という人間だそうだ」
「じゃあ、そいつも日本でビールを作ろうとしているということだな」
「そうだろうな」
 私はこの土地に来て、より強く思うことがあった。それは、この場所で再びビール醸造所を作りたいということだ。私にはビール作りのノウハウはないし、ビールにかける情熱というものも、そんなにない。だが日本はこれからビールの時代が来ることは間違いない。となると、これは先行投資としてかなり優良な物件なのではないかと思った。
「なぁ、エドガー。この土地を一緒に購入しないか」
「……それ、俺も思ってたよ。ウィリアムにまんまと乗せられた感はあるが、この土地は素晴らしい。それにきっと、賛同してくれるのは俺だけじゃないはずだ」
「え?」
「今日の夜、いつものパブへ行こう」
 私はなぜパブへ? 思ったが、エドガーの言う通りにすることにした。

 夜にパブへ行くと、エドガーがパブの常連客達に演説を始めていた。
「みんな、日本に来てからずっと不満だったビール。それを美味しくしてくれたのは、倒産したスプリングバレー・ブルワリーだ。今、日本ではビールを作る醸造所が増えては来ているが、作っているのは本物のビールに慣れていない日本人。俺たちは俺たちの手で、俺たちの口に合うビールを作って、それを日本に広げていかないか! スプリングバレー・ブルワリーの跡地を購入し、みんなで俺たちのビールを復活させよう!」
「おぉー!!」
 思っていた以上に盛り上がりを見せている景色に、私は驚きを隠せなかった。
「何が起きているんだ」
「ビールを愛しているのは、俺らだけじゃないってことだ。この居留地にいる奴らは全員、同じ気持ちだって思ったんだよ」
「なるほど……さすが、エドガーだ。ここまでやるとは思っていなかったが」
 この頃のエドガーは、居留地内にあったフットボール、ベースボール、陸上、クリケットなどの独立したスポーツクラブを一つに統合することを提案し、マルチスポーツクラブ「横浜クリケット&アスレチック・クラブ」を作っている。その結果、横浜きってのアスリートとして非常に有名になっていた。その有名人が熱弁したのだから、心打たれる人間も多いというわけだ。

 こうして私たちは、1885年5月に新会社設立準備委員会を立ち上げた。仮設立趣意書を作るため、私たちがパブで話し合いをしていると、そこにトーマス・ブレーク・グラバーが顔を出した。
「こんばんは、はじめまして。面白そうなことをしていると聞きまして」
 私とエドガーは顔を見合わせた。グラバーは私たちと同じイギリス人だが、若い時から長崎に行き、そこで武器商人として活躍していたという噂を聞いたことがあった。あまりに世界の違う人物だったので、関わることはないと思っていたが、まさか向こうから話しかけて来るとは……。
「グラバーさんもビールに興味が?」
「えぇ、とても。これからの時代、ビールは必ず来ますから。それに、私が関わればもっと大きなプロジェクトにすることができますよ。仲間に入れてもらえますか?」
 大きなプロジェクトにする、というのは確かだろう。彼には大きなバックボーンがある。何せ私たちは、横浜の外国人居留地という狭い世界でしか活動していないのだから。長崎でのグラバー商会は倒産したと聞いていたが、その後は三菱財閥のアドバイザーになり、政財界とも繋がりがある。そんな人物が、この立ち上げに興味を持ったということは、凄いことと言えるだろう。
「わかりました。ぜひ、グラバーさんも一緒に横浜のビールを復活させましょう」
「ありがとう。タルボットさん」
 グラバーを仲間にしてから、色々なことが大掛かりになっていった。私たちが初め作ろうとしていた仮設立趣意書も、より外国人投資家たちが投資したくなる内容にしてくれた。ただ、エドガーと私が情熱の部分として記載した箇所は、一切テコ入れをしないというところも、商人としての勘所が素晴らしいと思った。あとから入ってきたグラバーが、全てのことを理解して動いているように見えたのも、凄いところだろう。
「なんか、どんどん決まっていくな」
「そうだな。明日はついに仮設立趣意書を投資家たちに配布だ。どれだけの資金が集まるか……」
「これならきっと大丈夫さ。でも、まだ醸造技師は、イギリス技師なのか、ドイツ技師なのか、アメリカ技師なのかは決まってないんだよな」
「ここは、出資者の偏りを見て決めたほうがいいってグラバーさんも言ってたし」
「一緒にいると、改めてグラバーってすごいと思うよなー」
 エドガーはそう言うと、目の前にあったビールを飲みほした。
 出資者集めが本格化し、私たちの下には居留地内の外国人投資家たちが何人も投資をしてくれることになった。そんな中、グラバーから驚きの話を聞いた。
「聞いてください。私がアドバイザーをしていた三菱財閥からの巨大投資を得ることができるかもしれない。まだ決定ではないけど」
 まさか日本の財閥も投資をしてくれるとは思っていなかったので驚いた。しかしグラバーはまだ話を続ける。
「それと、渋沢栄一、三井物産の益田孝、荘田平五郎も、投資をしてくれるかもしれません。今話を進めていますが、このプロジェクトが無事に進み始めれば、来年には出してもいいと言っています」
 横浜居留地にいても、聞こえてくる政財界の大物ばかりだ。そんな人物たちも、このプロジェクトに興味を持っているということに驚いたし、グラバーが彼らと話ができるということにも驚いた。
「なんか、本当に大事になってきたな」
「あぁ、そうだな」
 私たちは、このプロジェクトはすでに私たちの手だけでは囲いきれないものになってきていると思った。
 そして、同年7月8日。全ての準備が整い、重役会を行った。議長を務めたのは、ジェームズ・ドッズだ。彼もこのプロジェクトに最初から賛同している。彼は大手貿易商社バターフィールド&スワイヤー商会の横浜支店長であるイギリス人実業家だ。私とエドガーで話し合った結果、彼が一番適任だと思い、推薦した。ただ、グラバーはこの会には参加していない。参加させてもいいとは思っていたが、まだ投資先と話をしているだけで実績を上げていないからだ。
 この重役会で、会社名を「ザ・ジャパン・ブルワリー・カンパニー」にすること、会社の資本金を5万ドルにすること、ドイツ式醸造法を採用し、資格のある熟練したドイツ人醸造技師を雇い入れること、そして英国または香港で法人登記をすることを決定した。日本で法人登記すること選ばなかったのは、出来なかったからだ。日本の法律の問題なので、私たちにはどうすることも出来ない部分だ。
 7月22日。公式な投資の呼びかけを行い、1株100ドルの株式の一般募集が始まった。さらに同年9月には、グラバーが言っていた三菱の参画が正式に決定し、巨大な資金を得ることに成功。さらに翌年には、渋沢栄一らもこのプロジェクトに巻き込むことに成功させた。
「グラバーが可能性は高いと言っていたけど、本当にしてしまうとはな」
「本当だよ。俺たちが発起人ではあるけど、もう俺たちが主導するという形でもなくなったし」
 私とエドガーは、いつものパブでビールを飲みながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。今、ザ・ジャパン・ブルワリー・カンパニーはグラバーとジェームズ・ドッズによって動いていると言っても過言ではないだろう。私たちは自分たちが先頭に立ちたいという気持ちよりも、横浜のビールを復活させたいという気持ちの方が強かったので、そこはあまり気にしていない。いや、私は横浜のビール復活というよりは、利益が出ると踏んだからだが……。
「俺さ、このプロジェクトがひと段落したら、イギリスに帰ろうと思ってるんだ」
 エドガーが遠い目をしながらそう言った。
「帰るのか」
「あぁ。横浜もいい場所だけど、やっぱり俺はイギリスが好きだよ」
「そうか……寂しくなるな」
「飲み仲間なら、このパブにたくさんいるだろ」
「まぁな」
 私たちはグラスを傾け合い、静かにビールを飲んだのだった。

▶トーマス・ブレーク・グラバー編に続く

《参考資料》
キリンビール歴史ミュージアム(公式)
キリンホールディングス公式オウンドメディア(KIRIN公式ジャーナル)
キリン歴史ミュージアム「ヒストリークルーズ」(公式)
Wikipedia(日本語版)(公式)
キリン歴史ミュージアム「歴史コラム」(公式)

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この記事を書いた人

岩本和代

2016年よりフリーのライターとして活動中。 インタビュー取材、シナリオ執筆を得意としており、幅広く執筆をしている。